自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

忖度はできません

今現在流行っている

「忖度」という言葉ですが、

 

もちろん、自己愛性人格障害者は

「忖度」など出来ません。

 

ただそうしないだけなら

被害もそこまで大きくないかも

しれませんが、

 

自己愛性人格障害の

厄介なところは、

 

「忖度」を強要してしまう

ところにあります。

 

 

普通、

人の考えや意向を推し量るというのは、

その個人個人の優しさや

善意です。

 

 

しかし、

してもらうことを当たり前・

善意にて自分の意向を全て

取り計らってもらうのが

そもそもの基準である以上、

 

 

忖度してもらえなかった場合の

恨みや被害者意識というのは、

すさまじいものがあります。

 

 

人から善意を貰うことを

当たり前だと思っているのは、

 

自分がそれだけ上の立場にいる

人間であると

認識しているところからも

きているのですが、

 

その認識自体が揺るがないので、

人の善意があって当然という

部分も揺るぎません。

 

 

ですから、自分がどのような

酷い行いをしていたとしても、

 

自分が偉い立場にいる、

愛に溢れた人間であるという

考えは変わりませんし、

 

酷いことをした相手に

「私に対してもっと優しくしろ」

と言うのは

 

自己愛性人格障害者にとっては

間違ったことではないのです。

 

 

「忖度」というのは、

いわゆる社会人として読むべき

空気を読む必要があります。

 

しかし、

「具体的にこうしろ」と

言わせるのはナンセンスです。

 

そこで空気を読む必要があります。

その善意を強要するのが

自己愛性人格障害者です。

 

 

自己愛性人格障害者は

「自分が今なにを欲していて」

「どうしたらいいのか」

というのが常にころころ変わるので、

 

忖度したつもりでも

自己愛性人格障害者が

不満に思って怒られる、という機会も

多くあります。

 

夫婦間でも「忖度できないなんて」

社会でもやっていけないはずだ、

夫婦の気持ちも分からないなんて、

と相手に強要します。

 

しかし、自己愛性人格障害者自身は

忖度など出来ないのです。