自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

子どもからみると、被害者のほうがみっともなく見える

自己愛性人格障害者とターゲットの間に

子どもがいる場合、

 

必ずしも子どもがターゲットの

味方をするとは限りません。

 

 

なぜなら、

自己愛性人格障害者自身が

「被害者ぶる」

「倫理的に優位に立つ」

というのは、得意分野だからです。

 

 

あくまでターゲットの方が悪く、

自分の方が正義で強いんだ、

という立場をとり、

 

子どもを懐柔していきます。

 

 

子どもも目の前で何が起きているのかが

詳しく分かっていないので、

モラルハラスメントの輪の中に

入っているとも気付きません。

 

 

そうやって、

「怒られる側、怒らせる側が悪いんだ」

という風に刷り込まれていきます。

 

 

そして子ども自身も、

反抗期に突入したり

自我が芽生えてくると、

 

自己愛性人格障害者にとって

徹底的に自我の芽生えを押さえつけられることが

多くなってきます。

 

 

ターゲットがそのときに

びくびくしていると、

子どもにとって頼りない、

より所にならない存在になっていることも

あります。

 

加害者のほうが強く正しく堂々としていて、

被害者のほうが弱弱しく、

間違っているようにみえます。

 

 

そうなると、

自己愛性人格障害者の

その生き方こそが正しく、

強い生き方なのだと、

 

子どもはその手法を

取り込みはじめます。

 

 

ターゲットは完全に支配され、

些細なことで配偶者を怒らせないように、

常にその可能性を排除するためだけに

必死に動きます。

 

 

その姿がとてもみっともなく

感じてしまいます。

 

 

「ちょっとでも夕食の時間に

準備が遅れたら不機嫌になり

騒ぎ出す」

ということをよく知っている

被害者は、

 

何を犠牲にしてでも

毎日その時間はその食事の準備だけを

優先させたとして。

 

 

それを知らない子どもは、

ただただ融通のきかないターゲットを、

「みっともないな」と感じ、

 

余計にターゲットが被害者なのだということや

諸事情を理解しようともしません。