自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

優しさが目立つ自己愛性人格障害者

自己愛性人格障害についての

サイトには、

 

大体

「どういう症状があって」

「どういう被害をみな受けるのか」

が書かれています。

 

 

このブログでも、

大体は自己愛性人格障害者は

どういう特徴があって、

 

どういう心の変遷があって

そういう言動をするのかということを

主に記載しているため、

 

その例に漏れないということに

なります。

 

 

しかし最近よく思うのは、

「どういう風にして優しさを見せるのか」

ということを書いているサイトも、

 

もっと増えると当事者が気付きやすい

のかな、

ということです。

 

 

自己愛性人格障害者に

つかまっていると、

 

とにかく、「そういうひどい人間と、

自分の相手は違う」と思いがちです。

 

被害者はとにかく、加害者をかばうような心境に

たちやすいのです。

 

そして加害者自身も「そんなDV野郎と

自分は違う」

と思い込んでいます。

 

 

ひどい部分はよく書いてあるのですが、

「どういう風に優しいのか」という記載は

ほとんどありません。

 

 

しかしたまに、

「異常なくらいに優しい」という記載も

みかけます。

 

それは的を得ています。

 

そして「異常な」というほどの

中身はそれぞれですが、

 

とにかく自己愛性人格障害者は、

なんでもかんでも「言葉」で優しさを

表現します。

 

例えば普通の人は、責任をとれないから、

簡単に「結婚」とは口に出しません。

 

例えば心配してもいないようなことを

心配している、と声をかけ続けるのは

面倒なので、しません。

 

実際に心配ならこうしてよ、と

言われればその責任をとらないといけない

ということが大体予想つくからです。

 

 

自己愛性人格障害者は、

簡単に口にします。

 

なんなら「結婚はちゃんとするからね、

心配しなくていいからね」と

言ったりもします。

 

「いつでも心配しているよ」と

言ったりもします。

よく見守っているようなふりもできます

(本当は監視です)。

 

 

被害者が確約を欲しがる人なら、

あとは寂しさや孤独を感じやすい人なら、

ころっとひっかかります。

 

「孤独感を感じにくい優しさ」

「男らしい・女性らしい言葉」を

感じさせてくれる者達なのです。

 

 

ただ、結婚はするからね、心配しないでね

というのは、

相手が別に結婚はしなくてもいいや・・・と

思っているときでも口にします。

 

被害者の本当に結婚してくれるのか?

という不安に思う気持ちを察して

言っているわけではありません。

 

「察しているというふり」はしますが、

相手がそれを不安に思っていなくても

同じ答えが返ってきます。

 

 

自己愛性人格障害者自身の、

「結婚してやるよ」

「逃げることは許さない」という気持ちを、

優しい言葉に変換しただけの話です。

 

ですから、被害者が別に結婚はしなくても

いいと思っている相手からそう言われると、

強い違和感を感じます。

 

 

「いつでも心配している」という言葉も、

 

「いつでも監視したい」

「いつでもお前には全ての報告義務がある」

「お前が自分の知らないところで

何かしているんじゃないかどうか心配している」

 

という気持ちをやんわり言っただけです。

 

心配とは何を心配しているのか?

結婚とは、ちゃんと相手の気持ちを

分かっていっているのか?

 

被害者が孤独を感じやすい人だと、

そういうことを考えている余裕はなく、

ずっといつまでも一緒にいてくれる

確約のようなものをくれる相手に対して

感動します。

 

それは、

被害者がずっと欲しかったものなのです。

 

 

ですがそこに、

行動は伴っているかどうかというのを、

しっかり見極めたほうが無難です。