自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

「警察」でさえ自分の思想を邪魔するものだと考えています

警察という単語は、

自己愛性人格障害者が

よく使う脅迫のキーワードでもあり、

 

かつ、

自己愛性人格障害者の行き過ぎた

行動化に対する

抑止力の一つともなります。

 

 

が、抑止力として働くといっても、

その効力は非常に弱いです。

 

警察がすでに関与していて

警察が自分の正当性を認めない場合、

 

その警察でさえ間違っている、

というような言い方をします。

 

 

逮捕されたから、

あるいは警察に迷惑をかけたから、

 

「やりすぎた」

「自分に非があったんだ」

なんて考え直すことなど

しません。

 

そんなことをすれば、

自身の心にストレスがかかるからです。

 

もちろん、そのストレス回避は

自己愛性人格障害者が意図的に

行なうわけではありません。

 

自己愛性人格障害者の「心」が

勝手に行なってしまうだけです。

 

ですから明らかに法に触れることだったとしても、

 

本人は「正義という立場で

行なったのだ、

自分が被害者なのだ」というスタンスを

貫き続けます。

 

無論、どうしても矛盾が出てきてしまう

のですが、

そこから目を背けてしまうのも、

また防衛機制が勝手にやってしまう

ことなのです。



自己愛性人格障害者にとっては、

「自分こそが法律」です。


自分が暴力をふるっても、

自分がDVではないと考えるなら

それはDVではありません。


警察に何度「それはDVだ」と

言われても、

その証拠が揃っていても、


「ふぅん、ならそうなんじゃない。

警察って無理やりそういう冤罪に

結びつけるんだね」

「いや違う。これはDVとは違うと

何度言ったら分かるんだ。

人の話を聞いているのか」


と、あくまで自分の正当性を主張

し続けます。


ときには証拠は捏造だ、といったり

警察に記録された証拠さえも

警察が改ざんしたのだと否定します。


その異常性も

分かっていないのです。