自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

合理化のオンパレード

自己愛性人格障害者が

とても憤慨しているとき、

 

大抵はターゲットが

「またか・・・まあ、不機嫌になる

パターンだもんな」

と落胆するような場面になると

思いますが、

 

 

時には

「???なぜこの人は

こんなにも怒っているのだろう???」

と、頭に疑問符ばかりが浮かび上がってきて、

 

いったい何が原因だったのだ?

いや、ただただ不機嫌の波が襲ってきただけ?

 

と困惑する場面があります。

 

 

自己愛性人格障害者が、

あまりにも一日に期待しすぎて

「全てに100%を求める癖」が発動してしまい、

 

結果、

「本を探していたが素晴らしい本が

見当たらない」とか

「自分の洋服にお茶をこぼした」とか

「来週の楽しみにしていた

予定がキャンセルになった」とか

 

本当に些細なことで

「不完全さ」が露呈し

一気に怒りと恨みがこみ上げてきて

爆発する、

 

こういうパターンは特に何度も

ターゲットが経験しないと、

何故怒っているのか分からない状態のまま

何時間も説教に付き合う羽目になります。

 

 

このとき自己愛性人格障害者の中では、

「完璧であるはずの一日が、台無しだ!」

という、強い憎悪の念が渦巻いているのですが、

 

なぜそれがターゲットに向くかというと、

 

「こいつは隣にいるだけでのうのうとしていて、

なんの役にも立たない。

自分がこんな目にあっているのに」

 

と、自分が強烈に不愉快な気分になっているのに、

「パートナー」という重要な役割であるはずの相手が

その不愉快な気分を消し去ってくれないことに

怒るわけです。

 

さらに、さっきまでお互いに笑いあっていたのに、

その延長で相手が楽しそうだったり幸せそうだったりすると

自分だけとんでもない絶望に立たされたような気がして、

余計にそれに気付かずなんとも思っていない相手が

腹立たしく感じてしまいます。

 

ですが、ターゲットもまさか

本を探しにきた相手がさっきまで

楽しそうに喋っていたのに、

 

とんでもなく期待していた一日に見合う

素晴らしい本がない、という感覚で

書店のど真ん中で一気に絶望の淵に立たされて

いるなんて思いもよりません。

 

が、自己愛性人格障害者は、

自分のこの感覚を理解できない

ターゲットに強い恨みを抱き、

 

何時間でも責め立てられます。

 

が、そういう感覚になってしまうということを

すんなり言うことはできません。

 

なぜなら、好きな本がなかったから

強烈に怒ってターゲットに八つ当たりするとか

それ自体はおかしなもので、

 

誰にでも幼稚だと分かるからです。

 

だから、言い訳(合理化)をします。

好きな本が書店になくて怒ることの出来る

理由と、

 

ターゲットが責め立てられるべき

言い訳です。

 

「出版業も終わったな」

「物書きなんてたいした仕事じゃないんだな」

「大体書店が小さすぎる、あんなの

あっても意味がない」

「こんなクソみたいな土地に

あるわけないか、本当に何にも

ないんだなここは」

「あそこの店員も馬鹿みたいなのしか

いないしな」

 

「お前と付き合い始めてから

こんなことばっかりだな」

「お前が本が読みたそうだったから

連れていってやったのに(投影)」

「一気に萎えるわ」

「たいした本ないのによくあそこで

本なんか買うね?よっぽど

面白い本があるのかと思った」

「まあこんな土地、似たようなやつしか

いないんだろうな」

「なんでそんなに怒ってるかって

言われてもね、言っても

どうしようもないしね、馬鹿だからな」

 

ターゲットは、

「気に入る本がなかった」というだけで

ここまで怒っていることを知らないので、

 

何か気に入らないことをしたのか?

と不安になります。

 

自己愛性人格障害者自身も

たったそれだけのことで怒っているという

ことに気がつきません。

 

 

「自分の気に入る本を出さない出版社のせい」

「物書きのせい」

「スペースの狭い小さな書店のせい」

「そんな店しか置けない田舎のせい」

 

「田舎で暮らすことをさせる相手のせい

(たとえ自己愛性人格障害者の提案でも)」

「自分のことを理解するべきなのに

理解していない相手のせい」

「相手はああいう馬鹿みたいな場所で

役にも立たない本を買う馬鹿、

それに見合う本しか置いていないのだから

利口な自分に合う本があるはずがない」

 

ということを本気で思い込み、

口に出しているだけです。

 

 

すべて、

「合理化」という防衛心理の働きです。

 

「自分が不機嫌なのは気に入った

本を見つけることのできない自分のせい」

と考えることは出来ないのですが、

 

心はそれを察知してしまうので、

早急に心を守るために合理化しないと

いけません。

 

合理化は、

相手が納得しているかどうかは

関係ありません。

 

相手の考えや異論はそもそも眼中にないため、

納得するのが当たり前、と

考えているからです。

 

「自分で自分を」そう納得させないと

いけないわけです。

 

それが自己愛性人格障害者の中での

真実になり、

心を守ることができます。

 

それに異を唱えるものは、

もっともっと合理化して

相手がいかに間違っているか

自分がいかに正しいかを示して、

 

それでも無理なら攻撃して

その異論を排除するだけです。

 

 

自己愛性人格障害者は、

合理化のオンパレードで、

本音を口にすることは

稀にしかありません。

(特に独り言のとき)

 

 

どれも無茶な言い訳に聞こえますが、

自己愛性人格障害者にとっては

真面目にそう思い込んで

しまっている(そう思い込まなくては

ならない)わけです。