自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

支配とはなんなのか

自己愛性人格障害者による

支配とは、

「心の支配」です。

 

 

よく、モラルハラスメントや

暴力問題などで

「別れればいいのに」

「言い返せばいいのに」

「そんな組織からは抜ければいいのに」

といわれるのは、

 

まずその人自身が

当事者に支配されていないから

いえることです。

 

被害者でさえ、

同じような立場の人間に会った時に

「逃げればいいのに」と言えることがあります。

 

なぜなら、頭や自分の心では

分かりきった答えだからです。

 

ところが、

自分が被害者になり、自分の相手との

話になってしまう(当事者になってしまう)と、

 

これが大きく変わってきます。

 

 

「逃げられるわけがない」

「逃げるとか考えたり行動したほうが

とんでもないことになる」

「言い返しても意味が無い」

 

 

自己愛性人格障害者自身が

「そういう特徴」があるので、

「逃げる」とか「言い返す」という

行動を起こすと

 

自分のストレスがより酷くなる事件が

待っていることは容易に想像できますし、

 

宗教などの洗脳問題と同じで、

逃げたいと思ったときには

かなり心身が衰弱していて、

自分の話になってしまうと途端に

正常な判断ができなくなってしまっています。

 

 

自分の頭、心では分かっているのに、

「相手」がそこに割り込んできて、

その人間は自分の行動を非難したり

罵倒したりしつつも、

 

「言葉だけは真っ当だから、

まるで自分の超自我のようだ。

逃げたいけど確かに、その前にやることが

いっぱいある」

と感じるわけです。

 

 

超自我とは「倫理的」な判断をする心であり、

「こうするべきではない」

「これが真っ当だ」

「それは非常識だ」という

心の監察官のようなものです。

 

ターゲットになりやすい人は、

この超自我の声ばかりに耳を傾ける

特徴があります。

 

 

ので、いくら暴言暴力を振るわれても、

「確かにお義父さんやお義母さんを抜きにして

この話し合いを進めるのは非道徳的だ」

 

「確かにこどもから父親(母親)を奪うのは

かわいそうだ」

 

「このまま音信不通にしないと

いつまでも被害をくわえられるけど、

急に連絡を断つのは非常識だ」

 

「こういう順序を踏むべきだ」

 

・・・という行為にばかり目がいきます。

 

 

そして考えているうちに、

「そんなことをしてもどこかで躓く。

やっぱり逃げられない」

となるわけです。

 

道理、順序、基準、常識、

それを重んじる人ほど被害から

抜け出せません。

 

 

無論、手順は踏めません。

なぜなら自己愛性人格障害者が

絶対に邪魔をするからです。

 

それを容易に想像できるから、

被害者は逃げ出すことをやめてしまいます。

 

自己愛性人格障害者が、

暴言の中に混じらせる

「正当に聞こえる言い分」が

被害者を踏みとどまらせるのです。

 

 

ですから、

知人などに相談しても、

「逃げればいい」という相手と

「でも義両親に言ってからでないと・・・」という

被害者自身の間に溝が出来、

 

知人は

「(この人、暴力振るわれてるのに何悠長なこと

いってるの???)」となり

 

被害者は

「(やっぱり事情を知らない人に

こういわれるのもしょうがないよね・・・)」

となります。

 

 

被害者は、

「好き勝手なことをやると、

人に非常識だといわれ自分が不利になり

嫌われるし、

そもそもそういうことをやるべきではない」

という考えが常にあります。

 

これは、被害者になる前からです。

 

 

自己愛性人格障害者は

まず被害者が自分から逃げられないように

時間をかけて徐々に支配していきますから、

 

被害者が逃げたいと思ったときには

もう逃げるには精神的だけでなく

物理的な手段がもてなくなっていたりします。

 

徐々に準備するにも、

支配・監視されている状態では

なかなか準備が進まず

余計に心に負担がかかってしまいます。

 

本来、監視される筋合いもなく

被害者には被害者の人生があるので

好きに生きていいのですが、

 

「好きに生きること=罪、

我が儘と同義」

 

というような頑固さが被害者にはあるからです。

 

 

監視の中で準備したり

決意するには、

コソコソ、隠し事、嘘、ごまかし

それがつきものになっていきます。

 

それすら被害者は

「それはよくない。

あいつと同等になってしまうし、

明らかに非常識だ」とまで

考えます。

 

「逃げたい」

「辛い」

「このままではよくない」

という声をほったらかして、

倫理だけを考えてしまいます。

 

 

それもひっくるめて支配、

モラハラであり、

超自我の声にとらわれる被害者というのは

うってつけの相手です。