自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者の成り立ち

自己愛性人格障害者は、

自分がありません。

一方の被害者(正確にいえば被害者に

選ばれやすい性質の人)も、

 

自己愛性人格障害者ほどではありませんが

自分がありません。

 

なぜかというと、

どちらも昔、自我の芽生えを押さえつけられた

経験があるからです。

 

やたら「こうしなくてはならない」

「ああするべき」「これが常識」という風に

抑圧された経験が多いと、

自分というものを出すこと自体を

やめようとします。

 

 

それが正しい表出だったとしても、

ひとたび「それは悪だ」「それはいけない」

「そういうことをするな」

といわれると、

 

正しい行為さえ自信をもって

表出することが出来なくなります。

 

抑圧するのは大体親が多いですが、

親にとって自我を出されると面倒なことがあるため、

子どもをコントロールしようとして、

自我で勝手なことをしないよう、自分の思い通りに

動くように指導したり仕向けたりします。

 

抑圧がすぎると

自我を抑えてコントロールされていれば

とりあえず見捨てられない、という

被害者になりやすい体質になりますが、

 

「自分」というものは残っています。

 

 

しかし、

ここで「自分」というものを完全に奪われると、

自己愛性人格障害者としての人生が始まっていきます。

 

 

親から言われていた暴言や抑圧にて

惨めな存在になっていた自分を

心から否定し追い出そうとし、

 

それらの抑圧、ああしてはいけないこうするべきだ

という考えを自分そのものの考えだと思い込み

(ここから他人と自分の境界が曖昧のまま育っていく)、

今度は他人や自分の子どもにその人格を

押し付ける。

 

それが、自己愛性人格障害の成り立ちです。

 

自分がない、とは思えないほどこだわりが強く見えたり

強烈に怒っている印象のある自己愛性人格障害者ですが、

 

それはその人に抑圧を教え込んだ者の

コピーであるだけです。