自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者に自己愛性人格障害の情報を見せても意味がない理由

自己愛性人格障害者に

「あなたは自己愛性人格障害者ですよ」と

伝えたり、

 

自己愛性人格障害者のサイトを

みるように促しても、

 

「えっ!自分がやってることと同じじゃないか!」

 

・・・とは、なりません。

 

 

なるときは、

自己愛性人格障害者がなにか

きっかけがあって自覚が出てきたあとに、

 

思い当たる節があって、

自分で検索をかけたときなどです。

 

つまり、

「自己愛性人格障害者の情報」を

きっかけにすることは

まず出来ません。

 

しかも、ターゲットにしている人物から

自己愛性人格障害者に対して

「あなたはこれじゃない?」といわれて

そうか!となるのは、

 

自己愛性人格障害者が

ターゲットに対して、

「自分が人格障害者なのではないかといわれたから

見てみたら確かにそうだ、自分ではなく

相手の方が正しかったのだ!」

 

と認めるということです。

 

 

自分が惨めで小さいため、

その異常な劣等感を必死に隠すために

異常な優越感を覚えながら暮らすしかない

状態のときに、

 

「本当はあなたは、心が小さいから

そうなっているんですよ」

 

というストレスは多大なもので、

そういうストレスに直面したら、

いつものとおり、

 

「モラルハラスメント」という

対処をしないといけなくなるからです。

 

その情報をターゲットから貰うということは、

その情報を正しく認識するよりも先に、

 

「こいつは俺のことを人格障害者だと

いうことにして、

悪者にしようとしている」

という心の働きを誘います。

 

 

なぜなら、自己愛性人格障害というもの自体が、

「自分の価値を下げようとするものを

排除したり攻撃し、事実を捻じ曲げる」

仕組みがあるため、

 

そもそも自分を内省することのない

自己愛性人格障害者が、

その情報と自分を照らし合わせることは

できません。

 

ふとしたときにこういう情報を目にした場合も

自分の自己愛を傷つけるターゲットがいる

という認識は出てこないものの、

 

自己愛性人格障害者の自覚がない場合は

「自分」をそういう人間、そういう心の仕組みに

支配されているなどとは微塵も思わないため、

やっている行動は同じでも

 

「自分とこいつらは違う」

 

という判断になります。

 

ストーカー行為をしたとして、

それはストーカー行為であると書かれていて

全く同じ行動をその自己愛性人格障害者が

していたとしても、

 

そういうのとは訳が違う、と思い込むのも

このためです。