自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

なぜ被害者のふりをするのか

自己愛性人格障害者の
矛盾点の一つに、

「自分はとにかく強大で
偉大で優しい人間だ」
という心の意識が見え隠れするのと
同時に、

「自分はこれだけ大きな
被害を受けていて、
これだけ悲惨な目にあっている
(状況的には弱者に分類される)」
という心の働きも同時に
生まれます。


本当に心が広く
強い人間ならば、
そもそも、人に対する恨みを
抱く必要はなく、

自分の身の回りに起こるさまざまな
事象を、適度に許しつつ
対処することができます。


ですが、
自己愛性人格障害者にとって、
「他人は敵」であり、
自分にとって脅威でしかありません。

それを、適度に許すとか
うまく対処するとか、
そんな気持ちには到底ならないわけです。


いつも、気を張って、
どこの誰が自分を貶めようとして
いるのか?
自分の考えや行動を邪魔する
やつは誰だ?

それを考えなくてはなりません。

誰かの不可抗力、だと思えず、
「これは意図的な攻撃だ」としか
考えられません。

「そんなつもりはなかったんだろう」
と思えるような事柄でも、

そんなお人好しが考えるような
気持ちにとらわれてしまうと、
いつ寝首をかかれるか
わからないわけです。


だから、とにかくこの周りに対する
恨みというものを発散させたいのですが、
それには正当な理由が必要です。

正当な理由がなく恨みを発散させれば、
「ただの悪人」であり、
正義感も優しさも、
唱えられなくなります。



ですから被害を受ければ、
それが意図的であるにしろないにしろ、

「実際にこんな被害を受けた!」
ということは、嬉々として訴えます。

「これだけ苦しめられたのだから、
これだけ攻撃する権利がある!
苦しめるほうが悪で、
苦しめられるほうが正義なのだから!」
ということを言いたいわけです。

もちろん、この言葉には
「(自分が)苦しめられたのだから」
という言葉がくっついていて、

自分が先に相手を苦しめたなどという
事実は、除外されます。

共感能力のない自己愛性人格障害者は、
自分がつけた相手の傷を、
知ることも感じることもできないからです。