自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

「認められない」のが根本の原因

自己愛性人格障害者が
ありとあらゆる攻撃や
モラルハラスメント、

そして自分の自己愛の強化を
図らなくてはならないのは、


「自分の小ささは惨めであり、
悪である」
という認識と、

「それは絶対に直視できないし
認められない」
という相反する働きをする、
両者のぶつかりあいにて
生まれます。


その「自分は小さい人間で、
悪である」
というのは、自らの親から
何度も何度も執拗に刷り込まれた
もので、


それを刷り込まれようとするたび、
自分を守るために
「そうじゃない」
と反発しつづけ、

「そうじゃない。自分は間違っていない」
「だってこうじゃないか」
「ああじゃないか」
と叫び続け、
自分を塗り替えたりごまかしたりすることで、

それが、まるで自分そのもの、
自分のパーソナリティーのように
感じて生きていきます。


ですが本来は、
「だってこうじゃないか」
「間違っていない」
と言わなくてはならないということは、

親から受ける非難が「強すぎて」
非難をそのまま受けとることが
出来ないということです。



つまり、
理不尽に叱られたり(親の自己都合で
しかったり)、

やたらと干渉されつづけると、
まるで自分が考えて行動すると
すべてが間違いのように感じて
しまい、


「ああ、自分のやることなすこと
すべてが間違っているのかも、
それは自分が駄目すぎるからかも」
も劣等感を深めていき、


生きるために
「いや、違う!自分は駄目なんかじゃない」
と考えます。


ここまではいいのですが、
劣等感が強すぎるゆえに
「自分は駄目なんかじゃない、
素晴らしい人間だ」
と優越感で消そうとしてしまう
働きがでてきます。


自己愛性人格障害者は、
親から
「駄目な部分」を怒られてきたのではなく、


「お前自体が駄目」という教育を
受けてきたということです。

駄目な部分を怒られれば、
それ以外は認めてもらっていると
いうことなので、

「駄目な部分」だけ反省すればいいので
自分納得、安心して駄目な部分を振り替える
ことができますが、

「お前自身がダメ」と言われると、
自分の何がダメなのか、
なぜダメなのか、
そもそもそんなことを考える
こと自体ダメなのか、
と課題が大きすぎて分からなくなり、

振り替えることを放棄し、
言い訳を考えはじめて
自己保身に走ります。



結果、
他人にだめな部分を指摘されても、
「すべてがダメ」と否定されているような
気がして、
それが恨みに変わってゆきます。


自分の、「ダメな部分」を
直視するのが怖すぎて
認める前に
「自分はただしいのだ」と
訴えてしまうのがモラルハラスメント
ですが、

人はだめな部分を
振り替えるちからがないと
成長しないし
現実をみることができなくなるのも
また事実です。