自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自分に酔う自己愛性人格障害者

被害者の中には、

自己愛性人格障害者=ナルシスト
というよりは、
「被害妄想が強く強烈に
卑屈になる人間」
というイメージのほうが強いひとも
多いかとは思います。


大体は被害者意識にて
「お前、こうなんだろう!」
「自分はこれだけ尽くしているのに、
お前はこれっぽちも愛してなんか
いないんだろう!」

という攻撃を行うことにより、
なんとかして自己愛性人格障害者に対して
機嫌をなおしてもらわねば、
愛を実証しなくてはと奮闘するのが
被害者の常です。



ですがそれが通用
しなくなってしまったときでも、

自己愛性人格障害者は
ほんの些細なことでも
「自分は価値のある人間だ」
という理由づけができます。



強すぎる劣等感ゆえに、
すべての言動に対して
「自分は攻撃されている、
劣等感をつつかれている!」
と反応しやすい特徴があることは
一つ前の記事でお伝えしましたが、


すべては「自己愛強化がはかれるか」
「自己愛を崩すものか」
にて判断しているため、

栄養補給のように、
毎回モラハラを行い被害者の奮闘により
「自分はやっぱり愛されている。
やっぱりこいつは自分から離れられない」
という理由づけができるわけですが、

「自分は愛されていない!」
と騒ぎながら、
本当は愛されているという自信が
なくなっては生きてはいけないので、

「自分は愛されていない」
「それだけの魅力も価値もない」のが
事実になってしまうと、
困るわけです。


つまり、
被害者が「別に、愛なんかどうでもいいけど」
と言っても、
明らかにそういう態度をとっても、
「自分のことが嫌いになったんだ」
とは認識できません。


大体は「自分のことも好きなのに
別のやつの所に浮気しにいこうとでも
してるんだろう」とか
「ケンカの最中だから
そう言ってるだけだろう」とか、

とにかく「本当に愛されなくなった」
とは考えることができません。


しかし被害者の奮闘による
栄養補給ができない以上は、

「自己陶酔」にて
自分は素晴らしいということを
認識しなくてはならないのと、

「相手との温度差」などということも
感じとることができないため、

「自己陶酔を表現する」という行動に移ります。


なので被害者と離れても、
急に家族写真(いままでの生活は
こんなにすばらしいものだった、と伝える
意味も含む)を大量に送りつけてきたり、

詩のようなものをメールに書き留めたり、
思い出話のようなことを延々と語ったりします。

ここは、急に絵にかいたような
ナルシストになることが大半です。


無論、表出はすべて「相手をコントロールするため」
ですから、この自己陶酔が意味がないときは
また被害者意識を表出し、
「脅し」たり「泣き落とし」したりします。



被害者は、この場にそぐわない
「被害妄想」と「自己陶酔」が
目の前で繰り返されることで、

自己愛性人格障害者の
「異常さ」を初めて芯から理解することも
少なくありません。