自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

ターゲットが上に行けばいくほど下に下げたくなる

自己愛性人格障害者にとって、
「ターゲットの幸せ」は
不愉快でしかありません。


ターゲットが単に「幸せだ」と言っている
それ自体が問題というよりは、

自己愛性人格障害者自身が
「この世を楽しめる能力がない」ことと、
それを認めるわけにはいかないので、

「この世が楽しめないのは自分のせいではなく
この世が馬鹿が多すぎるからだ、
だから自分は不幸なのだ」
というていで過ごさなくてはならず、

パートナー(自らの一部)が
そんな不幸な目にあっているのに
幸せとは何事だ、
という怒りがこみ上げてくるわけです。


ですから、
ターゲットが幸せそうに暮らしている、
というのはとにかく許せません。


さらに、
「ターゲットが自分から離れたあとに、
幸せそうに暮らしている」

などということは許せません。


特に、幸せそうな様子をSNSなどで
投稿するだけでも、
その自己愛性人格障害者である
元パートナーは勝手に
「この自分を侮辱している」と
思い込みます。



ターゲットが上に上がることすなわち、
自分が下に下がること、
という考えが常に付きまとって
いるからです。



ターゲットを自分よりも下として
常に位置付けることで納得し
生活していけていたのに、


その納得と安心感を崩すような
行為をする相手に対し、
とんでもない恨みの気持ちが
涌き出てきます。



「自分に、この世を楽しめる能力がない」
という本当の理由を
「違う、自分がおかしいんじゃなく
この世が間違っているだけ」

という隠れ蓑で誤魔化している以上、

その恨みは
「自分を差し置いて
お前だけ楽しんでずるい!
許せない!」ではなく、

「そんなことで楽しめるお前って馬鹿」
「こんな世の中に順応できるお前って
周りとおんなじでくだらない」
「お前はパートナーがストレスを溜めているときに
それにも気付かず遊び呆けてるみっともないやつ」

という形で表出されますが、


本当に言いたいことは
「お前だけ、幸せになるなんて
絶対に許さない。邪魔してやる」

という、シンプルなもので、
それを行動化して危害をくわえたりすることも
十分考えられます。