自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

被害者がいなくても実際は生きていける

被害者がいるからこそ

自己愛性人格障害者は

生き生きして(強烈な被害者の姿を

していることが多いので生き生きしているようには

見えない場合が大半ですが)

生きていけますが、

 

被害者がいなくても、

実際生きてはいけます。

 

 

自分はこういう素晴らしい人間だ!

という思い込みを

補強するために

被害者が必要なだけであって、

 

被害者がいないと、

すぐにボロボロになるかというと

そうではありません。

 (勿論、ボロボロであるという

アピールは抜かりなく行ないますし、

本人はそう思いこんでいます)

 

 

被害者がいなくなれば、

「自分がそれほど嫌われる人間なのだ」

と思うわけにいかないので、

 

かならず

「離れるほうに原因があるのだ」

という形にします。

 

ですから、

ターゲットが離れたからといって

傷つく理由もないのです。

 

 

しかも、

ターゲットになってくれそうな人を

また探せばいいだけです。

 

 

恋人や結婚相手などなら

都合がいいですが、

 

そうでなくても、

今はインターネットでも

相手の評価を変えてしまおう、

相手にダメージを与えてしまおうという

欲求は、

 

いくらでも満たせます。

 

元配偶者にいくら執着していても、

ターゲットになれそうな相手を

見つけ、

その人に素質があったら、

ターゲットはいくらでも

変えてしまえるのです。

 

それに

攻撃をしてダメージを受けたり

評価を下げたり出来ないときでも、

 

些細なことでさえ

自己愛を満たす

材料にしてしまいます。

 

そういう意味では、

ターゲットというのは

ただの「ぜいたく品」であり、

 

別にターゲットがいなくなったから、

その人の評価を下げられないからといって、

自己愛性人格障害者が

生きていけないわけではないのです。

 

ただ、比較対象がいないと

自分自身の姿がぼやけてしまいますから、

そういう意味では

ぜいたく品はぜいたく品でも

タバコやお酒と同じで

 

「いないと震えて体に害がでてくる」

くらいの不安には脅かされます。