自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

心が弱すぎる人たち

自己愛性人格障害者は、

「心が弱すぎる」人たちです。

 

心というものは、

普段ありとあらゆるストレスに晒されます、

それは自己愛性人格障害者でも

そうでない人でも一緒です。

 

しかし人間の機能として、

「心」というものは勝手に働く防衛装置が

ついていますから、

 

その防衛装置によって

ストレスを弱めたり

自分の責任を軽くしたりします。

 

心が弱すぎてもその防衛装置を

ガンガン働かせることによって

自己愛性人格障害者は

生きながらえることが出来る、

ということです。

 

 

人格障害者でなくても、

この防衛装置はよく働きます。

 

ストレス耐性のある人でも、

かかるストレスが強すぎる場合は

防衛装置をガンガン働かせないと

一気に生きる力が失われるからです。

 

心が弱い人は、

ちょっとしたストレスでも

「心を守らなくては!」と

なりますから、

 

この防衛装置を働かせて、

「自分が辛いのは誰かのせい」

と心のダメージを減らしたり、

 

「相手はこちらの行いを責めてきたけど、

こういう理由があるのだから

こちらの行いは仕方のなかったことだ」

と正当化する機会がとても多くなります。

 

卑屈な人間というのは、

この防衛装置の働く機会が多くなりすぎて、

「そんなんじゃない」

「自分は悪くない」

「あいつ、きっとこういう気持ちで

こっちを見てる」

 

と何度も考えなくてはならないので、

心を守るその思考自体が

自分の考えだと勘違いしやすいわけです。

 

 

自己愛性人格障害者になると、

この心の弱さが、他の比ではなくなります。

 

成長過程で、自己が確立していません。

防衛装置をありとあらゆるところで働かせたり、

防衛の力が極端に強かったり、

他の人には見られないような防衛の仕方が

出てしまいます。

 

「自分は弱くなんかないよ」

「自分に逆らったら痛い目にあうよ」

「自分を不愉快にさせたら絶対に許さないよ」

 

と、何がなんでも守りに入らないと、

自己愛性人格障害者の心はすぐ限界を迎えます。

 

心で考えるよりも先に、

その防衛装置が働いてしまうので、

自己愛性人格障害者の心は埋もれてしまいます。

 

「自分の心は弱いのでは?」と自覚してしまう前に

防衛装置が「違うよ!!」

とそれを否定してしまいます。

 

弱い自分などなかったかのように

認識させてしまう、ということです。

 

よって、自己愛性人格障害者が

自分の「本心」を知る暇がないわけです。