自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者はなぜ「すばらしい自分」にこだわるのか

自己愛性人格障害者は、

とにかく「自分がすばらしい人間」であると

思い込みます。

 

それは、

すばらしい人間であると

思い込むよう、いろんな思考・心理の

クセを使うからです。

 

というよりも、

そうすることでしか生きていけないからです。

 

しかし、

自己愛性人格障害でない人は、

そうでなくても生きていけます。

 

そして正確に言うと、

自己愛性人格障害者も

そうでなくても生きていけます。

 

つまり「すばらしい人間でないと、

そう思い込まないと

生きていけない」

と思い込んでいるのは

自己愛性人格障害者であって、

 

どこにもそういう事実はないのです。

 

ちなみに、

自分はそういった思考のくせを持つ人間

なのだ、

別にすばらしくなくても

生きていけるんだ、

と気づくと自覚になり、

 

その自覚を持たずに

「いや、このままでは生きていけない。

死ぬしかない」という思考を変えなければ

自分で死を選ぶだけです。

 

自己愛性人格障害者だけでなく、

みんな「自己愛」というものをもって

生きているのですが、

 

自己愛とは自分を愛するものではなく

自分は「こういうものだ」と

認めるものです。

 

「別にすばらしい人間ではないがそれでいい」

とか

「自分とはこういうものであって

それ以上でもそれ以下でもなく、

変えようがない」

というものであって、

 

別に愛さなくてはならないものでは

ありません。

 

ところが自己愛というものが

そもそも確立していないと、

 

曖昧な、成り立っていない自分というものを

どうにかして満たしていかなくては

なりません。

 

その時点で少し病的になってくるのですが、

成り立っていない自分の自己愛を

どうにかして満たさないといけないのですが、

満たし方が分かりません。

 

「これでいい」と言っても

そもそも自分を惨め過ぎると思っているので、

これでいいわけがないのです。

 

すばらしい人間でないと、

生きている意味はない、

なぜだか自分は生きている意味がないような、

そんな気がしてきます。

 

そういう現実を目の当たりにするたびに、

一気に危機感を覚えるので、

それを打ち消し続けないといけません。

 

自分は「すばらしい」人間でないと

生きていけない、とそこで

すばらしくない自分は生きている意味がないから、

と信じ込むのです。

 

そこで、すばらしい自分、というものに

とにかく執着していきます。

 

執着することこそが、

生きていられる証なのです。

 

自己愛性人格障害者の自覚というのは、

そこで

「あ、自分ってすばらしくなくても

意外と生きていけるんだ」

「その執着心って、絶対になきゃいけない

ものでもないんだ」

「自分って、尊大な自分にこだわってた

だけなんだ」

と自分で気づくことともいえます。