自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

「自己愛にこだわる」ことで踏みとどまっている

自己愛性人格障害者(の心)が

必死に自分を守ろうとすることにより、

他人は多大な被害を被るわけですが、

 

自己愛性人格障害者自身は、

これで心が壊れるのを

阻止しているということになります。

 

 

自己愛性人格障害者自身は

この心の防波堤が崩れると

自分自身というものが崩壊するため

(これ以上自分が惨めだと

思うのは耐えられないのに、

耐えなくてはならない

状況になるため)、

 

とにかくここだけは崩せません。

 

それが自覚を促せない

最大の特徴なのですが、

 

ここで「自分は正しいのだ

ということにこだわる」

「自らの心の安全にこだわる」

 

ことが出来ないと、

精神が崩壊してしまうという

危機感(自分がなくなる

危機感)があるわけです。

 

だから心が過剰防衛してしまい

その結果傷つく人がたくさん

出てきてしまうことになるのですが、

 

「あ、自分って実は強くもなく

かといって生きていられないほど

みじめでもない

 

それに気づいても崩壊はしていないから

だから生きてはいけるけど、ただただ、弱い、

弱さの目立つ人間」

という自覚が生まれると、

もう戦う必要はなくなります。

 

ただ、今度は「戦おうとしてしまうクセ」

「自分は正しいと思い込もうとするクセ」が

心に染み付いてしまっているので、

その戦おうと臨戦態勢になる仕組みそのものと

戦っていかなくてはなりません。

 

それは弱い自分と戦うことになるので、

かなり辛いことですが、

自己愛性人格障害者である限り、

そして自覚に至る限りは、

「精神の崩壊」は避けられるわけです。

 

問題は、その心の防波堤がなくなって

しまったとき。

 

そのときは、余計に自他の境界がなくなり、

余計に現実がみられなくなり、

一気に境界性人格障害・

精神疾患寄りになっていきます。

 

「心」といってしまえば適当ですが、

つまり精神の統合を図るための

手段がなくなってしまった状態です。

 

自己愛性人格障害者はまだ

日常生活を送れるくらいの

現実見当識を持っていて、

コミュニケーションや人間生活・

社会性といった意味合いでは障害を

持ちますが、

 

生活はできます。

 

「自分がなくなる」とか

「精神が崩壊する」とか

「精神的に不可逆的に死ぬ」

そういうことはないのですが、

 

精神の統合が図れなくなると、

人間はまず生活ができるくらいの

精神のまとまりがなくなり、

それぞれの精神機能の連携が

出来なくなり、

生活に支障をきたします。

 

自己愛性人格障害者にとっては、

あらゆるモラルハラスメントや

防衛機制というのは、

自分の心を守る最後の砦なのです。