自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

モラハラは惨めな自分から目をそらす作業

自己愛性人格障害者は、

 

「自分って惨めだよな」

「生きてることすら恥だよな」

…という自分が本当の自分だと

完全に思い込むことからスタートします。

 

その時点で「劣等感の塊」みたいに

なっているので、

それまでに

「違うね!自分はよく頑張ってるんだ!」

という心の反抗はよくするのですが、

 

「生きているだけで恥」

というまで強くなった劣等感を打ち消すには

「存在自体が価値のある」

という優越感で反抗しなくては

なりません。

 

何に反抗するかというと、

「惨め」と思っている自分です。

 

それに一役買うのが、

防衛機制です。

 

「自分って生きてるだけで恥だよな」

と思っていると心がもう

やっていけないので、

 

とりあえず「惨め」な自分は

切り離します。

 

大体、普通

いい自分もよくない自分も

長所も弱点も、

自分として統合されます。

 

しかし自己愛性人格障害者の場合は

統合されません。

 

どこから切り離すかというと

自分の心の中で作り上げた

良い自分から、です。

 

そして切り離したあとに、

身近な人間…多くはターゲットに

惨めな自分を投影します。

 

ですから

身近になればなるほど、

惨めな自分自身にみえます。

 

惨めな自分自身ですから

恨めしいし憎くなります。

 

惨めな自分、悪どい自分と

同じような人間にみえますから

考えていることも

同じだろうと決めつけます。

 

当たり前の話ですが、現実世界では、

いくら相手が身近にあっても

別々の人間です。

 

考えが全く同じだなんてあり得ません。

 

ですが、自分の悪どい部分を

引き受けているのが

ターゲットでありそれがすべてなので、

 

そんな事実(全くの別人であるということ)を

つきつけられるようだと

困ります。

 

この防衛機制からすると、

自分は自分、他人は他人なんて

考えは受け入れられません。

 

他人との境界なんて邪魔なだけです。

 

ターゲットが惨めな自分を

引き受けてくれるからこそ

自分は素晴らしい自分で

いられるわけです。

 

しかも、自分が相手に

そんなことを求めている、そういう

役割を担わせていることすら

気付きません。

 

なぜなら、

相手への憎しみは

実は自分を投影しているから…という

事実ではなく、

 

「相手が⚫⚫したから」

という言葉に置き換えられるからです。

 

しかし自己愛性人格障害者は、

間違いなく、相手に対して

「惨めな自分」と同じような考え、

醜さ、卑怯さを持ち合わせている

と確信しています。

 

この「確信している」というのが

ミソになります。

 

普通ならば、他人の考えは分かりません。

超能力者でもない限り。

 

しかし、より強い妄想にもある

「自分の考えが盗まれている」とか

「相手の考えが手に取るようにわかる」

というのは、

 

他人の考えだと思い込んでいるものが

実は自分そのものの考えで、

 

けどそれに気づかずに、

自分自身が悪どいことを考えていると、

「あいつ!悪どいこと考えてるぞ!」

とまるで相手の心が読めているかのように

感じてしまうのです。 

 

ところが

自分が悪どいことを

考えているのは事実なわけですから、

切り離して相手に押し付けたはずの

「みじめな自分」というのは、

 

間違いなく自己愛性人格障害者の

なかにいます。

 

その事実を自覚できないだけです。

 

自己愛性人格障害者の心(意識)だけが、

「自分って素晴らしい!

(だって惨めで悪どい自分は

どこにもいないもんね!)」

と思い込んでいるので、

 

いや、あなたこういうことしてるよね?

それって卑怯で悪どいよね?

と言われても、

そんな事実はどこにもない、

それはお前の考えだろ!

お前こんなこと考えてたろ!

と自己紹介のような言動をします。

 

これは、「自分って惨めで悪どい」

→「いや、意識上は

お前が惨めで悪どいことになってるよ。

こっちは惨めな部分なんかないぞ、

なぜならお前に全部押し付けてるからな!」

という防衛機制です。

 

 

ですが何度も言うように、

自分の悪い部分だけを切り離して

捨てるとか

そんなことは人間には出来ません。

 

自己愛性人格障害者が自分を守るために、

「自分の中だけで」成立させて

いることです。

 

ただどれだけ思い込んでも

確かに弱くて脆い自分が存在しているので、

それを無意識に感じ取っている心は

その弱い自分を守るために、

他の防衛機制も頑張って

働かせます。

 

しかも、

弱くて脆い自分は

他の人ではたいした

ストレスに感じないことや

うまく対処できる

ストレスさえ

すぐに瀕死に陥りそうになるので、

 

過剰に防衛機制で処理してしまいます。

 

 

たとえば、

自己愛性人格障害者が

会社で行ったプレゼンが、

他のメンバーと比較すると

数値的に評価されなかったとします。

 

 

「やっぱり、

自分って惨め(こんなことで

恥をさらすなんて、なんて弱い人間だ)」

と弱い自分にストレスがかかりそうに

なります。

 

しかし

「いや、それは自分のせいじゃなくて

他人(評価したやつら)のせいだよ。

そんな恥を味わわせるなんて、

恥をかかせたほうが悪い、

そして自分は弱くなんかない、

こんな状況なら当然だ」

という防衛機制の考えの補強から始まり、

 

「(こんなささいなことで

ストレスを受けたと知られては困る。

もっともらしい理由を考えないと…)」

という無意識での動きに繋がり、

 

「評価したやつらって

そもそも評価できるほどの能力が

ないんだよね、

だって自分のお気に入りのやつを

取り込むために好評価つけるだけだから」

 

「あんなやつらに評価受けて

喜んでいるやつは救いようがない」

 

「そもそもあんなもの

評価されるほどの内容じゃない」

 

「評価がすべてではない、

中身が伴っていたかどうかだ」

 

「そもそも項目ごとに

数値化してどうなるんだ?

馬鹿げてる」

 

「点数を金で買ったんじゃないか」

 

「ああ、このまえなんか楽しそうに

会話してたな、あいつらやっぱり

グルなのかもな」

 

「十分な準備期間がなかったのが

悪い」

 

「準備期間がなくなったのは

そもそも配偶者とこどもに

時間をとられてたからだ、

配偶者が配慮しなかったからだ」

 

「でもこれだけの時間で

これだけ素晴らしいプレゼンが

出来たんだ、他の人間にはできない」

 

「こんな仕打ちを受けても

会社に貢献しようとする

自分は立派だよ」

 

「そもそもこんなに不愉快なのに

それが完全になくなるような

言葉をかけられない人間も悪い」

 

「前もこんなことがあったな、

世の中腐ったやつばかりだ」

 

…と自分の中に次々と

そういう考えが浮かぶのは、

 

間違いなく、弱い自分が

自己愛性人格障害者のなかにいて、

それを自覚しないように、

守るためです。

 

自分が弱いからではない。

それ相応のことを

されたからだ。

これだけのことをされれば

誰だって怒るからだ。

傷ついているのではない。

怒っているのだ。

些細なことではない。

どれだけ理不尽で大きなことか。

 

そういう作業をせざるをえません。

 

 

 

ですが、

ターゲットがいるので、

感覚としては弱い自分は相手に

押し付けることができているため、

 

弱い自分がいつまでも自分のなかに

いるなど考えもしません。

 

「(そもそもこれは恥じゃない。

恥、なんて考えてたら

それこそ恥ずかしい、

もっともっと怒りで隠さなくては)」

という働きが、

どんどん恨みと怒りを増幅させ、

 

弱い自分というのは

自覚されないまま

奥底にどんどん埋もれていくのです。