自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

モラハラがなくなるとき

※先に伝えておきますが

モラハラ改善についての記事ではありません

 

自己愛性人格障害者にとって

モラハラは「生きていくための糧」であり

「最後の砦」とお伝えしてきました。

 

 

その最後の防壁が崩れると、

精神疾患寄りになっていく(精神症状が

強くなる)と

いうのも書いてきました。

 

この時点で、自己愛性人格障害者は

モラハラ以外の生き方が

みつからず、

モラハラをしないと死んでしまう

(そもそも自分が不確かなのに

それを認めることも出来ないし、

 

そんな存在を認めたら

もっとわけのわからないことになる)

と思い込んでいるのですが、

 

自己愛性人格障害者が

そう思い込んでいるだけであって、

 

実際に、確実に社会的に死ぬわけでは

ありません。

防波堤を突破されたからといって

すぐ自殺を図る、というわけでもありません

(もちろんそういう自己愛性人格障害者も

いますが)

 

精神疾患寄りになっても

精神症状が強くなるだけで

生きてはいけます。

 

「自覚」が生まれた段階では、

さらにその無価値な自分ということを

自覚しても対して脅威ではない、

 

もちろん辛いが、

それを認めまいとしているほうが

異常だと気づけます。

 

ただ、そういう自覚でもなく

ただただ心が心理防衛をして

「価値がある自分」に

こだわるということが出来なくなったとき、

 

その段階になると

「自分は価値がある!」

という思考が

ガンガン行えるわけでもなく、

 

ただただ無価値な自分、

不確かな自分に直面させられているという

感覚だけが残るので、

 

一気に死にたくなるのは確かです。

 

 

そもそもそういう事態になるのを

避けるために、

必死にモラハラ思考を働かせていた

わけですから。

 

 

しかも「惨めな自分を相手に

投影する」という

心理防衛は余計に強くなっていますから、

 

より「こいつは悪事を考えている」

「こういうことをたくらんでいる」

という感情は具体的になり、

 

よりそれらの被害的な考えは強固になり、

 

他者破壊、自己破壊の衝動も

強くなっていきます。

 

 

「他人も自分もおんなじだ、

別々の存在なんかじゃない」

という幼稚な防衛機制だけが残り、

 

どんどん現実的でない思考だけが

個人を蝕みます。

 

それってちょっと社会的に、

現実的にまずいよね、

こうしたほうがいいんじゃない?

自分は正しいほうがいいんじゃない?

こうしたほうが立派と証明できるん

じゃない?

 

という防衛機制はなりを潜めていきます。

 

ここまでくるとモラハラではなくなります。

 

自分を正当化せずただ相手に対して

ひどい暴言を吐く、

明らかに恨みだけを抱きそれを

隠すこともなく(ただ何が悪いのかは

その時はよく分からない)、

執拗に相手を付けねらう。

 

モラハラのように、

「自分は悪者にならないように、

うまくやる」

ということが出来なくなります。

 

ただただ暴言を吐き

ただただ相手を非難し

ただただ他者を攻撃し物を破壊し

自分を傷つけるだけの破壊行為になります。

 

 

防衛機制も色々種類と段階があって、

たとえば「昇華」という防衛機制の例を挙げると

家で配偶者に腹が立つことがあって

それを趣味の格闘技で発散させたり、

うまく社会に受け入れられるような形で

解消することです。

 

格闘技なら、そもそもルールの上で

殴るのが前提ですから問題はありません。

バッティングセンターで怒りをこめながら

ボールを打ち返すのもアリでしょう。

 

そのまま配偶者を殴ったら当然社会的にアウトです。

家で壁を殴るのも賃貸だったら

迷惑行為でしょう。

 

そうならないようにうまく発散させるのが

普通のやり方です。

 

 

ですが、

自己愛性人格障害者は

そもそもそういう心理防衛の段階まで

成長していないのです。

 

自己愛性人格障害だと

配偶者に腹が立っているというより

自分の攻撃性を相手に向けているだけで、

 

理由はどうでもいいわけです。

 

「腹が立ったから、社会的に受け入れられる

形にして発散したい・・・」

とかではなく、

「とにかくこいつを攻撃したい。

何かこいつを攻撃できるいい理由はないか」

 

というあまり上等でない防衛機制が

働きます。

 

その「攻撃してもいい理由」

を必死に探して

「あ、こいつはこういう理由があるから

攻撃しても、自分は悪者にならないぞ!」

と思い込む作業がモラハラです。

 

「そんなやつ、殴りたくもなるよね」

と他者に同意を得られるような

事実を「作り出し、思い込み」ます。

 

 

しかしさらに精神症状が進むと、

そういう機能さえ働かなくなって、

「こいつは攻撃しても自分は悪者に

ならないぞ!」

「自分は正義だ!」

という作業にこだわらなくなります。

 

それらの防衛心理も匙を投げるわけです。

 

あとは本当に幼稚な

「こいつは自分、自分はこいつ」

「惨めな自分、不確かな自分、それと同じ

不愉快なこいつ」

「こいつと自分は一緒。自分と周りも一緒。

だからみんなおんなじ惨めなやつ。卑怯なやつ。

弱いやつ。許せないやつ。」

「ただただこいつを攻撃したい」

という攻撃性だけ残り、

 

正当化にこだわらなくても済むので、

簡単に人を攻撃し、

自分を攻撃し、

「モラハラ」というほど

複雑でない、

 

より病的な、より強い悪意で

自分も周囲も破壊しようとするのです。