自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者の責任感はどこからくるのか

自己愛性人格障害者の特徴として、

「責任感が強い(と思い込んでいる)」

ことが挙げられます。

 

ところが、

これまでお伝えしたとおり、

自己愛性人格障害者は

「責任」はとれません。

 

被害者が疑問に思うのは、

「自分は責任感が強い」という素振りを

とにかく見せる人間が、

 

なぜこうも無責任すぎる行動をとるのか?

 

そして、なぜそこから

「自分は責任感が強い」という思い込みの

強化に至るのか?

 

というところだと思います。

 

 

自己愛性人格障害者は、

とにかくその弱すぎる心と

脆い、不完全な自己を

守っていかなくてはなりません。

 

些細なことでストレスがたまる。

ならばストレス指数の高いものや

あからさまに責任が伴うものは

避けて生きていけばいいだけの

話です。

 

結婚なんかしたくない、

と好きに遊んで生きていけばいいですし、

仕事なんかしたくない、と

暮らしていけるだけの仕事だけをして

あとは好きに生きればいいだけです。

 

 

ですが、自己愛性人格障害者は好んで

「責任感」とか「結婚」とか

「仕事での高い地位」を選択することが

多いです。

 

しかし一気に責任がのしかかってきたり

不愉快になることがあると

「なぜこんな結婚生活しないといけないんだろう。

家族が負担だ!地獄だ」

と騒ぎ、

 

「あいついつもミスをしやがって!

なんで自分ばかりこんな目に、

誰もかわいそうだと思わないのか」

と怒り出します。

 

そして、

それらが失われそうになると

「ただストレスがたまっていただけ。

結婚生活をやめようなんて思ってもいない」

「この仕事は、自分にしかできないことだ」

 

と、ころっと発言を修正します。

 

そもそも、

ストレスに弱いならそれらを引き受け

なければいいだけの話です。

 

なのに、

「誰がみても責任感が強くないと

就けなさそうな仕事」だったり

「結婚」だったり

「子育て」にこだわります。

 

そういう仕事でなくても、

そういう重責を担う仕事なのだと

言い続けます。

 

「自分ほどプライドを持ち

自分ほど責任感のある人間は

なかなかいない」

 

という言動をしやすいのです。

 

それは何故なのでしょうか。

 

 

人生には

仕事、結婚、引越し、付き合いといった

大まかなことから

細かい家事、日々の準備、小さい計画、

ちょっとした躓き、後戻り、失敗・・・

 

当たり前のようにストレスのかかることが

やってきます。

 

人間の脳はすごいものですが、

ちょっとしたことさえ予測が外れます。

明日のことは誰にも分かりません。

数時間後のことも分かりません。

 

用意周到にしていても、

時間通りにいかなかった。

思ったより労力がかかった。

理想と現実は違った。

 

何年も無違反で運転していても

ある日突然交通事故に遭うことも

あります。

 

洗車して数日も経たないうちに鳥の糞が複数

車に落ちているかもしれません。

 

 

自己愛性人格障害者は

思い通りにならないことを

一番嫌います。

 

そういう日常生活面ももちろん、

仕事も結婚も思い通りにならないことが

とても多くあります。

 

鳥の糞が落ちただけでも

自己愛性人格障害者が「思い通りにならない」とか

「どいつもこいつも」と思えば

スイッチが入り強烈に怒り出すでしょう。

 

ですが、

自己愛性人格障害者が最もいやなのは、

「そんな些細なことでストレスを

感じてしまう自分を自覚すること」

です。

 

ですから、

些細であればあるほど、

「これで怒っている」とは言いません。

 

そんな小さいことで怒る自分、

というのは自覚するのも許せないので

心で封印し隠します。

 

よって、怒りだけが残り、

本当の理由は隠されます。

 

変わりに、

怒りを表出するにふさわしい理由を

探し出します。

 

 

配偶者に

「最近お前車の管理疎かにしているな。

なんで自分ばかり管理しないといけないんだ。

不公平だろ!」

と怒りだすかもしれません。

 

自分が車に触らせていない場合も

そういう言い方をすることもありますので、

 

「いや、だから自分が洗車しにいくよって

言っているでしょ」

と言っても

「いや、お前なんかに預けられない」と

返すこともあります。

 

 

あるいは

「お前さっき外に出てたのに

車のこと気づかなかったの?

どう考えても見える位置にあるよね。

そういうのさっさと教えてほしいんだけど」

と怒る場合もあるかもしれません。

 

二人が暮らしているのがその配偶者の

故郷だとしたら、

「こんなクソ田舎にいるのが間違いだな」

という怒り方をするかもしれません。

 

 

いずれにせよ、

「そんな些細なことで怒る自分」から

目をそらすために、

それ相応の理由を探し、

それが怒っている理由だと自分自身で

信じ込み、

 

その怒りを表出します。

 

「洗車したばかりなのに車に鳥の糞が落ちていたのが

嫌だった」

から怒る人や不機嫌になる人はいても、

 

そんなことで激しい怒りを

覚える人は恥ずかしい、

そんなことで怒りをぶつける人間は

ただの悪者という

認識が根底にあるからです。

 

 

なので、

「怒るのは恥ずかしくない(怒るのは仕方ない)」

理由を探し、

「怒りをぶつけても悪者じゃない、

正当化できる」理由を探します。

 

 

自分が怒る理由は「洗車したばかりの車が

汚れた」とか

そんな些細なことではなく、

 

「配偶者がいつも車の管理を

しないからだ」

という理由に始まり、

しかしそれだけでは怒りが激しい(怒りを

ぶつけてもいい)理由には

乏しいのでもっと自分を騙せる

最適な理由を探し、

 

「車の管理を怠る配偶者」

「車の管理すら出来ない配偶者」

「そんなことさえしっかり出来ない

責任感のない配偶者」

「ただ漠然と生きているだけの配偶者」

「ちょっとした配慮さえできない配偶者」

「だいたいほかの管理もできていない、

愛が無い責任感もない」

 

という理由に怒っているのであり、

こういう怒りをもつ自分は真っ当であり

非常にマメでしっかりしていて、

だからこそこういう怒りがわいてくるのだ。

 

・・・と思っています。

 

そして

「そんな配偶者を持つ自分」

がかわいそうになり、

 

「そんな配偶者と暮らしていかなくては

いけない結婚生活」

に絶望します。

 

 

それはそうですね、

なぜなら怒りが出てそれをぶつけたいと

思う度に、

「あいつがこうしたから」

「こうしたあいつが人間として

最低だから」

 

と思い込んでいれば、

それが自己愛性人格障害者にとっての真実なので

そういう配偶者が負担になるのは

当たり前の話です。

 

ですが、

自己愛性人格障害者は

自分から離婚を実行するということは

他にターゲットでも見つけない限りは

ほぼ確実にしません。

 

自分を苦しめているはずの、

結婚生活に協力しない愚かな配偶者に

すがりつくことになります。

 

なぜか?

「車の管理もできない配偶者」への

怒りは、その場で作った偽りの理由だからです。

 

 

本当に責任感があってマメな人間で

管理をしっかりしている人間ならば、

配偶者に「車の管理もできない」

と怒る必要はありません。

 

車に糞が落ちるのが激しく嫌なら

そもそも糞が落ちるような環境に

車を置きません。

 

それが本当に車を管理し責任を持つ

人の行動です。

 

ですので、自己愛性人格障害者に

「鳥の糞が落ちてくるのは

仕方が無いんじゃ?」

「ガレージを作ったらいい」

と言っても意味がありません。

 

本当は鳥の糞はどうでもいいわけです。

「人生が思い通りにならないのが腹が立つ」

だけであって、

その怒りを表出する機会を待っているわけですから

逆にガレージなんかに入れてしまうと

怒りの理由にできなくなります。

 

そもそも、「鳥の糞が落ちてきたから

怒った」のは

「そんなことで怒るのは恥ずかしい」

と判定されているので、

自己愛性人格障害者の意識上には

のぼりません(自覚できません)。

 

 

ですから自己愛性人格障害者のなかでは

あくまでも

「車の管理を一方に押し付ける配偶者」

「車の管理をしようともしない配偶者」

「車の管理の苦労を知らない配偶者」

「その苦労に配慮しない配偶者」

 

に怒りを覚えているということだけを

真実として自覚し、

 

それらに怒りを覚えるのは

自分が責任感があり車の管理をしっかりしている

まめな人間であるためだ、

という思い込みをする機会が多いからこそ、

 

怒れば怒るほど

「自分はこんなに責任感が強く、常識があるから

周りの失態に気づけるし許せないのだ」

と感じ、

 

自己愛性人格障害者特有の

「責任がとれる心の強さはないから

無責任なのに

責任感があるという

思い込みだけが強い状態」が

出来上がっていくのです。