自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害ではない人でも、罪の「自覚」が難しい例

自己愛性人格障害者でない人が

悪事を意識しないようにする、

その例として私がよく挙げるのが

 

「不倫」です。

 

不倫している人間は、

自分が不倫をしているということを

自覚せずに(目をそらして)

生きていく傾向があります。

 

そもそも、

不倫というのは自分の人生も

相手の人生も壊す可能性がある

かなりリスクの高いものですから、

 

ストレス耐性が強かろうが弱かろうが

不倫という場面に立ち、

不倫したい欲望に駆られると

簡単に「これは不倫じゃない」と、

不倫という事実を無意識下に

置こうとします。

 

 

自覚なんてしていたら不倫なんか

できないわけです。

 

お金も失い評判も下がる危険性もありますし、

家庭があるほうはその家族が危機にさらされますね。

 

 

しかし、惹かれた相手と

なんとしてでもお近づきになりたい、

そういう欲望を満たしたいわけです。

 

そういう欲望をそのまま満たしてしまうと、

「人のものをとってそれまで築き上げてきた

家庭の絆を一瞬で崩壊させた大罪人」

になります。

 

「不倫で予想されること」も

「自分がそういう悪人」ということも

自覚してしまうと、

「この人と一緒になりたい」という

欲望はとても果たされません。

 

この欲望を「出来るだけストレスが

ない形で」叶えられるその作業を、

心理防衛が担います。

 

「家庭の絆を崩壊させるのが嫌」なら、

家族の絆なんてそもそもなかった、

と思い込んだほうが楽ですね。

 

 

ですから「別れるつもり」とか

「家庭はもう崩壊している」と

言われたことをそのまま疑いなく

信じ込みます。

 

信じ込んだほうが楽だからです。

「ああ、やっぱりね、

じゃあ自分と関係しているから

家庭が壊される、ってわけじゃないから

いいよね」となります。

 

「そもそも最初から

たいした家庭ではなかったのだから」。

そう思い込んだほうが負担は

かからないのです。

 

相手が家庭の愚痴などを言い出すと、

「自分がこの人と結ばれていたら

そんな思いはさせないのに」

「自分はこの人を奪っているんじゃ

無いんだ。自分はこの人を救うために

いるんだから」

・・・と、家庭崩壊(させても罪には

ならない)理由を必死に作り出し

思い込みます。

 

これは不倫ではなく、純粋な愛なのだと。

 

愛していると思い込めば

思い込むほど、「こんなにこの人を

愛しているのだから、この欲求を

満たすのは当然」

「だって自分よりも、

相手の家族は愛が無いのだから」

ということに

出来るからです。

 

遊びの感情なら人に責められるけれども、

これだけ強い愛情なのだから仕方がない、

という形にしたいからです。

 

不倫でなぜそんなに愛情が強くなるのか?

というと、

愛している、純愛、と思い込めば思い込むほど

「不倫」という事実からは

心理的には逃れられるからです。

 

ですから不倫という事実から

「強く、深く愛しているから」という理由で

逃れようとすればするほど、

自分は本当に強く深く

相手を愛しているのだ、という

思い込みは強くなります。

 

 

不倫している側なのに

相手側の家族を憎むことが多いのも、

「相手の家族がひどい人なんだから、

不倫されてもしょうがない」と

思い込むことで

「不倫」の罪から目をそらすためです。

 

こうすることで、

不倫した責任は「相手の家族」に

押し付けることができます。

 

 

相手からこの人を奪っているのではなく、

ひどい目に合わされているこの人を

救っているだけ。

 

とにかくそう強く思い込めば思い込むほど

不倫という事実からは逃れられます。

 

そして、会ったこともない

話したこともない「家族」に対して、

ただ言われた愚痴の内容だけを材料にして

「なんて悪人なんだ、これじゃ

不倫されてもしょうがない人間だ」と

悪人に仕立て上げるほうが楽なのです。

 

 

「不倫をしているなんて・・・」

「家族に迷惑を・・・」

と悲観的に話す人間もいますが、

 

そもそも家族に迷惑をかけていると

罪悪感を抱ける人間なら不倫自体に踏み込みませんし

自分が不倫しているなんてとても言えません。

 

罪悪感が強いように見えるケースも、

罪悪感が強いのではなく酷く罪悪感を抱いているように

「思い込む」ことで不倫をちゃんと受け止めて

いるんだからいいでしょう、という心理防衛です。

 

必要以上に罪悪感を抱くことで

罪をチャラにしたい、という働きがなされています。

 

ですが結局、不倫は不倫です。

 

不倫は不倫期間だけで

あとは「あんなに愛していたのに」

という思い込みの余韻だけが

残り、「不倫している自分」を

自覚しないだけで済みますが、

 

モラハラは「生きているだけで

惨めな自分」を一生自覚しないよう

「責任やストレス、恥を抱える場面」

全部でモラハラし続けないといけませんから、

 

自覚しないためといっても

程度も頻度もまったく違うことになるのですが。