自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

「自分が間違っている」という答えは実は最初から出ている

自己愛性人格障害者は

自分が間違っているとか、

自分に責任があるとか、

そういう答えにたどり着くことはありません。

 

もちろん、苦し紛れに

「自分が悪かった。すべての責任は

自分にある」

という言葉を口にすることはあります。

 

だけれども、

その言葉にさえ責任は生まれないわけです。

 

責任さえ持たなければ

なんだって言えるわけですから。

 

行動を改めることができなくても、

とりあえずその場は

「自分が間違っていたのでものすごく

反省しています。

考えを改めて、これまでのことを

償っていきます」

と言ってしまえばいいのです。

 

とにかくどう反省の言葉を述べようと

何も反省の弁がなかったとしても、

 

「自分が間違っている」などとは

考えてもいません。

 

 

第一、モラハラというのは

「自分が間違っているのでは」という心の

警報が鳴ってその可能性を除外するための

作業が発揮されるまでの一連の流れなので、

 

自己愛性人格障害者の「無意識」では

「そのままだと自分が間違っていることになる」

「このままだと自分に責任がのしかかることになる」

ということはものすごく良く分かっているわけです。

 

自己愛性人格障害者が

必死にモラハラ思考をフル回転させるときというのは、

そういった場面に遭遇したときのはずですから。

 

「そのまま」だと自分の悪意とか、

惨めさとか、小ささとか弱さとか、

そういうものが答えになってしまいます。

 

ですから「そのまま」じゃないように

どんどん理由を付け加えたり、

事実を変えたりするわけです。

 

 

「責任をとりたくないのは

自分が弱いからだ」とか

「自分が間違っているのは

自分が正しい答えを出せないような

人間だからだ」とか

そういう答えになってしまうのです。

 

 

普通、人にはある程度嫌われる勇気がないと、

自分を出して生きてはいけません。

 

ある程度嫌われる勇気といっても、

たとえば人と意見が少し違うとか、

自分が好きなものだけど相手はまったく興味が

ないとか、

自分が好きな相手が必ずしも自分に興味が

あるわけではないとか、

 

そういうことはあってもいいわけです。

 

ところがそういうことさえ耐えられないことのある

弱い脆さを持つのが自己愛性人格障害者です。

 

ですから

最初っから「自分が間違っている」

「弱い」

「そういうことには耐えられない」

という答えを自分で無意識に出しているのですが、

 

心が意識上に上らせるのは全部

「違う、あいつが間違っているんだ」

「だってあいつはこういう人間じゃないか」

「こういうことも言ってたじゃないか」

「あいつこそ無責任じゃないか」

「ほーら、だからやっぱり自分は間違ってないんだ」

というものです。

 

「自分は間違っていない!お前が間違っているんだ!」

と必要以上に訴え続けるのは、

本人が意識できない根の部分で

「そのままだと自分は間違っている」

と自己愛性人格障害者の心自体が

よく分かっているからだといえます。