自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

矛盾の中を生きる自己愛性人格障害者

自己愛性人格障害者は、

矛盾の中で生きています。

 

その強い自分の支配欲や

攻撃性を

「愛」「指導」「常識」「正義」

という言葉に置き換えていくのですが、

 

結局支配欲は支配欲であり、

攻撃性は攻撃性であることに

変わりはありません。

 

ですから、

どれだけ上手く誤魔化したとしても、

被害者は「やっぱり自分のせいなのか?」

と思ったとしても、

本当に納得することはないのです。

 

それでも「お前が攻撃されるのは

仕方ないよ、

だってお前がそういう態度なら

誰だって攻撃したくなるよ」

という形をとります。

 

しかし、

攻撃してくるのは

自己愛性人格障害者です。

 

他の人ではありません。

 

それでも

「コミュニケーションが

うまくとれないやつと

思われているだけ」

という形にされ、

 

以前交際した人が

自己愛性人格障害者のように

攻撃するような人でなくても、

 

「お前と付き合ってきたやつも

我慢してきただけ、

どれだけ改める必要があるか

教えてやる」

 

という形にします。

 

そして加害者であるはずの

自己愛性人格障害者は、

 

「将来を誓った配偶者も

労らないような非道な人間で、

こんな人間と結婚した

自分は可哀想すぎる」

という被害者になっていきます。

 

 

ところが、

そんな非道なはずの被害者と

離れられないのは

自己愛性人格障害者で、

 

その地獄のような結婚生活を

やめられないのもまた

自己愛性人格障害者です。

 

なぜか?

本当は被害者が非道な人間な

わけではないからです。

そして結婚生活も

地獄ではないからです。

 

自己愛性人格障害者が

攻撃行動をするときに

正当化する必要があるから、

 

そのときは「被害者は非道」であり

「結婚生活は地獄」でなくては

なりません。

 

ところが自己愛性人格障害者は

自分の非道な部分を

被害者に引き受けてもらって

いるわけですから、

 

結婚生活がなくなって

支配が出来なくなる状態になると

その引き受けてもらう対象が

いなくなる可能性があります。

 

離婚したいくらい最悪の結婚生活で、

酷い仕打ちをして騙そうとする

配偶者のはずなのに、

 

その配偶者に何よりも執着しないと

生きていけないという矛盾が

ここで生じます。

 

そして配偶者は人を愛せない

心の冷たい人間で、

配偶者から愛されない自分は

かわいそうであるという立場を

とりながら、

 

愛されない自分というものを

本当の意味で認めることはできないという

矛盾が生じます。

 

ここでも自己愛性人格障害者が

目的を果たすために、

被害者に対して

「お前は人も愛せない、

気遣いもしない酷い人間」

ということに仕立てあげる必要が

あるだけで、

 

被害者に愛されていると

感じなくてはならないときは、

どういう状況であっても

そう信じこみます。

 

人を愛せないはずの配偶者が、

自己愛性人格障害者の都合で

人を愛する能力のある配偶者に

早変わりします。

 

 

そして人に完璧を求めます。

「思い通りにしたい」ことほど

より完璧を求め、

それが上手くいかないときは、

完璧でないことに腹をたてます。

 

 

しかし、自己愛性人格障害者自身、

大抵の物事を完璧にはできません。

 

この世に完璧な人間は

いないからです。

 

自己愛性人格障害者も、

「思い通りにしたい、思い通りにならない

というストレスが嫌」

であるから思い通りにしたいことほど

とにかく完璧を求めるだけで、

 

自分で完璧にこなそうとすると

結局こなせなかったときに

「自分のせい」になるので、

 

思い通りにしたいのに

それに対して完璧にこなそうとしている

というより

ただ焦ったり被害的になったり

パニックになったりして

いるだけになります。

 

人に完璧を求めるのに、

自分は完璧にできない(完璧だとは

思っている)という矛盾も

ここからくるわけです。