自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

一途な自己愛性人格障害者

自己愛性人格障害者は

とにかくしつこく、

とにかく執拗に相手に対しての

距離を縮めようとします。

 

相手が自分とは違う人間だと

証明しようとしていると思えば思うほど、

 

その切迫感を落ち着かせるために

行動せざるをえません。

 

とにかく支配しなくては、

同化しなくては、

そのことに必死になるのです。

 

その支配欲は

自己愛性人格障害者にとっては

愛として捉えられます。

 

つまり、その愛を必死に

遂げようと執着するのは

「相手を愛しているからだし」、

「自分は一途だから」

という認識になります。

 

自己愛性人格障害者の執着心は、

「一途だから」という言葉に

集約されます。

 

それに集約されるから、

どれだけの頻度で

どれだけの差し迫った感じで

どれだけ異常なことをしていても、

 

「一途だから」

「愛しているから」

「心配だから」

「それが元配偶者としての(あるいは

元恋人としての、友達としての)義務だから」

という言葉に

置き換えられてしまいます。

 

「自分は」役目を果たしているだけだよ、

という言い分です。

 

そもそも、相手が近づきたくないと

思っていても、

自分が近づきたいし

近づいてアクションをとらないと

どうしようもなくなって

しまうのですから、

相手の言い分を聞いている余裕は

ないのです。

 

役目を果たしているのではなく、

とにかくアクションをしたいがために

役目を果たしているという形に

どうしてもしたがります。

 

「元々はそういう関係だろ、だから

手伝うべきだと思って」という

義務感だったり、

逆に

「家族であることに変わりはないのだから

こうするべきだろ」

という義務を相手に強います。

 

そして「自分は一途に相手を思って心配して

いるだけだから、

それを受けとるくらいするべき」

という脅迫にどんどん成り代わっていきます。

 

「もう連絡を返さなくてもいい」

「もう連絡はしない」と

言いながら、

自分でも連絡が必ずしも必要ではないと

思いながら、

実際に距離が離れると切迫感に苛まれ、

また連絡をしてしまうのも同じことです。

 

 

受けとらない自由を

選択させる、

なんてことはできません。

選択させないために愛とか義務とか

そういうことに持ち込むのですから。

 

執着心を自覚しないために、

一途である、義務であるという思い込みを盾に

するのです。