自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者の満たされない承認欲求

自己愛性人格障害者は

承認欲求を満たそうとしているのだから、

 

諦めずに認めてあげれば

きっと人格障害は改善するはず。

 

そう思っている人もいるかもしれませんし

そううたっている人も(うたう必要が

ある人も)いるかもしれません。

 

自己愛性人格障害者が、

自己愛性人格障害者でなく

普通の人だったら

そういう理論は通じるかもしれません。

 

なぜなら承認欲求を満たしたいなら

その「承認される」ということに

敏感に反応し、承認されたという

認識を持てるからです。

 

 

自己愛性人格障害者の場合、

他人に承認されようがされまいが、

あるときは

「自分は承認されている能力の高い

人間」

という考えから抜け出せませんし、

 

またあるときは

「自分はこんなに頑張っているのに

承認されない可哀想な人間」

という被害者の立場からも抜け出せません。

 

承認欲求が強いように見えながら、

時と場合によって、自分の好きなように

「認められている」

「認められなくて不憫」

という使い分けをします。

 

基本的に、誰かから認められているか

いないかなど興味もないし

理解もしないわけです。

 

表面的にはものすごく他人からの承認や

評価に執着しているように

みえ、それが全てのような

振る舞いもみせますが、

 

最終的には

「けど本当の自分はこうだ」

という答えを自分で導きだし、

好きに自分だけで納得してみせます。

 

自己愛性人格障害者にとっては

「自分が」いかに

自分を認めることができるか?

と、そちらのほうが問題です。

 

自分の思考を、

自分はこんなに評価されているから

こんなに認められている証拠だね!

 

自分はこんなに不当な評価を受けているけど

けど自分は自分の正確な価値を

よくわかっているからね!

 

 

…という方向に持っていくことの

ほうがとても重要で、

他人の評価が高かろうが低かろうが、

認められていようといまいと

「自分の評価はもっとしてもらっていい」

「自分の価値が分からないやつは馬鹿」

「自分こそ自分の価値を理解し

誰よりも認めている」

という形にすることに重きをおいて

いるのです。

 

ですから他人が自分を認めるような

発言をしたからといって、

「この人は自分のことを

よく理解してくれる(だから、

傷つけたくない)」

 

という考えにシフトすることは

ありません。

 

自分のことをよく理解してくれる

ということは、即ち、

「自分と他人は同じ存在」

という自己愛性人格障害者の症状を

強化するだけになります。

 

ですから

「この人は自分のことを

よく理解している!(自分と同じ

存在だ!)」

と理想化し思い込むことはありますが、

だからこそ少しでも自分の意に沿わない

行動を被害者がしたときに、

 

「自分と同じ存在のはずの

人間が裏切った。

ひどい気分だ。許せない。

理解している、というのは嘘だったのだ!

(自分と違う存在だと

主張しようとしているぞ!

なんとしてでも撤回させろ!)」

 

…ということになります。

 

 

ですから自己愛性人格障害者の

承認欲求を満たそうとしても、

そもそもが「承認されている」→

「自分と同じ人間ということの表明で、

自分の意に沿わないことを少しでも

すればそれは裏切り行為」

というように見なされるだけで、

 

正しい意味で

自己愛性人格障害者に認識してもらえる…

という期待はしないほうがいいでしょう。