自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者の責任転嫁の特徴

自己愛性人格障害者は
「責任転嫁」することにより、
自分が責任を負わされることから逃れ、
ストレスを回避します。

それがモラハラの要因の一つにも
なります。

 

ですが、
責任転嫁というのは
自己愛性人格障害者でなくても
起こり得るものです。

 

なぜなら、
誰しも自分の責任として負えないものと
いうのはあって、

 

「自分のせいではない」とか

「こういう理由があって
そうしてしまっただけ(あるいは
出来なかっただけ)」

「状況が違っていたら、
誰かが教えてくれていたら、
やった(あるいはやらなかった)」

 

という言い訳というのは、
よく起こるからです。


この記事を読んでいる方でも
経験はあると思います。

 

では自己愛性人格障害者の
「責任転嫁」は
他と何が異なるのか?というところ
ですが、

 

自己愛性人格障害者は
「ストレス耐性が低い」ために、
些細なストレスや責任でも
回避する傾向にあるということです。

 

「責任やストレスを感じる場面に
過敏になる」ので、

一般的にストレスに感じるような
場面でなくても
急に怒りだしたりします。
不快感を示すことがあります。

 

例を上げると、
「自分のお気に入りの食べ物が
店に置いていない」などでも
怒りだすことがあるのは
そのせいです。

 

けれどもお気に入りの食べ物が
店に置いていないから
怒る、という自分も耐えられないので、

 

「そんなことさえ満足させて
もらえない環境」だったり、
そういう環境においたのは
お前だ、お前のせいだ、

 

あるいは
お前と生活しはじめてから
こうなった、
これまではこんな惨めな生活では

なかったしこんな惨めな人生ではなかった、

というところまで発展しがちです。


また、
人格障害者でない人の
責任転嫁というのは、
なんとなく、自分の言っていることや
責任転嫁していることに
気付いています。

 

「それは私のせいではない」
「だってこういう理由があったのに」と
いいながら、
同時に心では傷付いています。

 

その時点で、
責任は負わされているわけです。

 

傷付いている時点で、
自分にも責任があると
感じている証拠なのですから。


つまり、口では
責任転嫁をしようと操作しようとしても、
個人個人のレベルでは、
確かに責任を負わされているわけです。

責任とはそういうものです。


ところが、
自己愛性人格障害者の場合、
「口で操作するだけ」では
足りません。

 

その、
「傷を負う」ということ自体が
我慢ならないのです。

 

ですから、
結婚もしますし
口では愛の言葉も吐きますが、

実際の結婚の責任はとれません。

 

口では「責任をとるよ」と
言えます。

しかし実際の結婚生活のなかでの
責任はとれないのです。

 

傷付くのは我慢ならないからです。


心が、責任という傷を負うのを
なんとしてでも阻みます。

 

ですから何かことが起きれば
「結婚したのが間違いだった」
「結婚したのは自分の意思だったが
あのときは仕方なかった」
「結婚がここまで酷いものだとは
思わなかった」
と責任転嫁するしかなく、

 

「そうだ、やっぱり
自分のせいではないのだ!」という
感覚に陥り見事責任を回避できれば、

 

「いや、結婚は自分の意思だよ」
「ストレスが溜まりすぎていた
だけだ、冗談に決まっている」と
今度は支配し続けることに躍起になります。


結局、
「結婚は自分が選んだことではない」
と言って相手を傷つけたとしても、
その発言の責任もとれず、

「嘘だよ、自分の意思だよ」と
何度もコロコロと責任のない
発言を繰り返してしまいます。


「やっぱり自分が悪いのでは」という
感覚は自己愛性人格障害者の心にとって
脅威であるので、

それはとにかく排除しなくては
ならず、


周りからみてどうか?
ということまでは気にして
いられないのです。