自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者の「治療」は不可能に近い理由

自己愛性人格障害者と病院、治療に関する

記事はこのブログでもいくつか書いてきました。

 

結論としては、

自己愛性人格障害者は

治療が困難である、

というよりは不可能である、

ということを記載してきました。

 

 

それでも、

自己愛性人格障害者は

本当は治療が可能で、

 

ただ方法論が見つかっていないだけで、

いわゆる根治困難な悪性腫瘍(がん)に対する

「民間療法」が流行るかのように、

 

そういう誰も知らない、隠れた

治療法があるのでは?

と考える人もいるとは思います。

 

というより、

そういうことを希望する人たちにとっては、

「自己愛性人格障害は治りませんよ」という

記事よりも、

 

自己愛性人格障害者は、こういう対策をしたら

治りますよ、とか

被害に遭いませんよ、という

記事を必死に探す傾向にあります。

 

むしろ、

被害者としての素質がある人は

そういう記事を探さずにはおれません。

 

被害者は、

「モラハラさえ治れば・・・

自分はこの人と一緒にいたいのだ」

という気持ちが強いからです。

 

本来はそうではなく、

モラハラが治ろうと治るまいと、

限界まで被害者は

モラハラ加害者と一緒にいたいと

願います。

 

被害者は変化をとにかく嫌いますし、

離婚とか離別ということを

ものすごく大げさなこととして

捉えますから(もちろん大げさな

事なのですが)、

 

それだけはなんとしてでも避けたいので、

このモラハラは治るのだ、

自己愛性人格障害者は治るのだ、

と信じたいのです。

 

しかし、そうやって

被害者が自己愛性人格障害が治るための

対策、方法を必死に探しているうちは、

 

少なくとも自己愛性人格障害は治らないでしょう。

 

そういう被害者の

「自分のために自己愛性人格障害を治してほしい」

という思考は、

自己愛性人格障害者のターゲットとして

うってつけの思考だからです。

 

分かった、治すよ・・・と言い

治ったフリや

治療にがんばっている「つもり」に

なれば、

被害者はそれ以上責めることはできません。

 

被害者が支援のつもりでそばにいる限りは、

自己愛性人格障害者は

ターゲットが離れていかないのですから

危機感すら持ちません。

 

自己愛性人格障害を「治療してほしい」のは

被害者であり、

加害者である自己愛性人格障害者では

ありません。

 

つまり、

「自己愛性人格障害を治療してほしい」

ということは

被害者がそばにいるということです。

 

自己愛性人格障害者は、

被害者がそばにいようといまいと

「自己愛性人格障害を治したい」と

思うことはありません。

 

自己愛性人格障害を治さなければ

そばからいなくなります、

と被害者が脅せば

治すフリはするでしょう。

 

それで戻ってこないようだったら、

結局、自己愛性人格障害者にとって

被害者は「努力している自分を見捨てる悪者」

として攻撃する対象になりますから、

 

「なんのためにがんばっているのか

分からない、

お前がそうだから治らないんだ

支援するんじゃなかったのか~」

ということになるでしょう。

 

戻ってきたらきたで

醜い自分を投影するターゲットは

結局自分から離れられないのだ、

という考えの強化になり、

 

余計にモラハラは激化するでしょう。

 

自己愛性人格障害者の治療というものは、

自己愛性人格障害の仕組みゆえに

結局不可能に近いのです。