自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者は甘えているわけではない

自己愛性人格障害者は

自分の起こすモラルハラスメントについてよく

「愛情」とか

「指導」とか

「教育」とか、

そういう言葉に置き換えやすいということは

説明してきました。

 

このほかにも、

自己愛性人格障害者自身が

「甘えているだけだから、

気にしないで」

と言うこともあります。

 

自己愛性人格障害者の承認欲求さえ満たせば

きっと自己愛性人格障害は改善するものだと

信じ、

自己愛性人格障害者を意図的に褒めたり、

尊重するような姿勢をわざわざ

見せる手法もあるようですが、

 

自己愛性人格障害者は甘えているわけでも

認めてほしいわけでも

ありません。

 

その「甘え」を許容したり

受け入れたからといって、

自己愛性人格障害者のモラルハラスメントは

消えません。

なぜなら自己愛性人格障害者の人格というのは

未成熟なままで完成している、という

おかしな状態で留まっていて、

そこから「成長」することというのは

まずないのです。

 

自己愛性人格障害者は成長しきって

いないのだから二歳児のような態度を

とってしまうのであって、

甘えが許容されたり、

失われた母子のような時間を取り戻しさえ

すればいいはず・・・・

というのは安直な考えです。

 

自己愛性人格障害者の人格は確かに、

その時点で成長は止まってしまっています。

 

そして自己愛性人格障害者は

甘えているという言葉で済まされるほど

生半可なわがままを言っているわけでは

ありません。

 

甘え、という言葉で済ませること自体が

甘えであり、

自己愛性人格障害者のモラハラは

甘えでも愛情でも指導にも

成り立たず、

被害者にとってはただの「精神的なイジメ」に

他なりません。