自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者は恋愛や結婚をして幸せなのか?

自己愛性人格障害者に対して

こういう疑問が思い浮かんだとき、

その人は、「人が結婚をするのは、

幸せになるためだし恋愛とはそういうものだ」

と思っているということですね。

 

それはそうでしょう。

そういう考え方もあります。

その結婚や恋愛の形というのはとても一般的な形の

一つとしてありえますから。

 

けれども偽装結婚という言葉もあります。

結婚詐欺、なんて言葉もありますね。

 

全然別世界の話に感じるかもしれませんが、

実際に「結婚」というものを

どういう風に利用するかは人によって

違うということです。

 

幸せになるために結婚する人はいるかもしれませんが、

それによって必ず幸せになるとは限りません。

結婚=自動的に幸せになるシステムでもなんでもありませんし、

結婚=配偶者が絶対に自分を幸せにしてくれる義務が生じる

わけでもありません。

 

幸せになるためにみんな一緒になるはずだ、とか

そういう考えは持っておいても構いませんが、

自己愛性人格障害者が相手だと

いつまでもそういう考えに拘るしかなくなってしまいます。

 

なぜなら、自己愛性人格障害者というのは

「お前がもう少し努力すれば、

お互いに幸せになるぞ」という形を

ずっと・・・永遠にとり続けるからです。

 

「こっちはお前を幸せにするために

努力しているのにお前の努力が足りないから

こっちは幸せになれない、犠牲になっているだけだ」

ということも言われるかもしれませんね。

 

というより、自己愛性人格障害者は

本気でそう思っていますから、

「なんでこいつはもっと努力しないんだ?」

ということをずっと不満に思い続けます。

ですから幸せになるということはありません。

 

自分ひとりで頑張っているんだ!という形をとりながら

他人に世話をしてもらうことが当たり前ですから、

自己愛性人格障害者が幸せになるということは

他人の手柄になってしまいますから

幸せなフリも必要なければなかなかしないでしょう。

 

自己愛性人格障害者は、

幸せになるために結婚するわけでは

ありません。

 

結婚したほうが「得」だと判断したからです。

ターゲットはそれだけ被害者としての素質が

あったといっていいでしょう。 

等身大の自分を見なくてすむ依存対象が欲しいからです。

結果的に自分を相手に投影してしまうので、

他人が非常に惨めで悪どい存在に感じて、

結果的に攻撃欲も膨らむことになります。

攻撃できるそれなりのターゲットがずっと欲しいからです。

悪どい相手を攻撃していれば、

自分は正義ということになります。

 

自分は「配偶者よりも」正義でありたいのです。

自分は「配偶者よりも」優秀でいたいのです。

被害者が近くにいれば、比較対象になりますから

それもできます。

依存もできます、責任転嫁もできます。

結婚というのは自己愛性人格障害者にとって

いいこと尽くしなのです。

 

しかし自己愛性人格障害者は「愛しているから」

そばにいるのだとそういう形に最初は

するでしょう。

 

しかしそもそも 自己愛性人格障害者は

幸せになるために結婚するのではありません。

 

自分の不愉快さや不満や手間をすべて

取り除いてもらうために、

さらに言えば自分の未熟さを投影して

ずっと相手に引き受けてもらうために、

相手と結婚するのです。

 

そういう人間も、確かにいるのです。