自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者に承認欲求はあるのか

自己愛性人格障害者は

承認欲求を満たそうとしますが、

それはまず不可能です。

 

そもそも他人が誰でも「自分を認めているのだ」

と思い込みながらも、

相手が本当に自分を認めているであろう、

などという相手の気持ちを考える余裕がないからです。

 

ですからあるときは

「誰からも認められている」と自己陶酔にひたりながら、

「誰もが自分を認めてくれない」

という被害者意識を持たなくてはなりません。

 

しかもそれは、

「自分がみっともないから

認めてくれない」ではなく、

「自分のことを羨んでいて、嫉妬しているから

認めたくないだけ」

という考えに変換されます。

 

自己の承認どころか

その自己が非常にあやふやなものですから、

「それこそが自己が確立しているしるしだ!」みたいな

はっきりとしたものを好むのです。

明確に分かる成績。

高学歴。高収入。

 

ところが人格の形成に

高学歴とか高収入などが必ずしも

芯になるわけでもありませんし、

自己愛性人格障害者は

自己愛性人格障害者のままなのです。

 

そしてこれだけ努力しているのに

満たされないのは他人が無能で

足を引っ張るせいだと怒りだすのです。

 

誰も自分の努力を認めようともしないし

わざと認めようとしないのだ、と。

 

別に誰もわざと認めないわけではありません。

自己愛性人格障害者を認めるために

皆生きているわけではないというだけです。

 

しかし自己愛性人格障害者にとっては

理解しがたいことなので、

 

いつまで経っても

「自分の理解者は誰もいない」

という訴えをし続けることになります。