自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

誰もが、悪意を暴かれたくない

自己愛性人格障害者は

自分に悪意があったことを

自分の心の中では否が応でも認めませんが、

 

それは誰もが同じで、

悪意を暴かれるくらいだったら、

「自分が未熟だった」

「自分がバカだった」

と、自分を落として悪意があったことだけは

回避しようとします。

 

人は何かしら自分に過失があって、それを

指摘されると、

それ以上攻撃されないように

「自分は知らなかった(だから故意ではない)」

「こういう理由があった(だから仕方が無かった)」

 

という言い訳をしがちです。

その言い訳を本当の理由とうまい具合に摩り替えるのが

自己愛性人格障害者です。

 

自分は未熟でした、と言ってしまえば

それ以上は責められないわけです。

なぜなら、相手は未熟ゆえに

失態をおかしたという答えを出している

わけですから。

 

これが逆に、

「はい、悪意があってやりました」

なんて言っても、それ自体が新たな攻撃を

されても仕方ないような言動になってしまいますから

いちいちそんなことを言う人はいません。

 

身近な人にDVを働いたとか

不倫をしたとかで謝罪会見を開く芸能人なども、

「はい、悪意がありました、

どうなるかちゃんと分かっていてそれをしました」

なんてことは言わずに、

自分が未熟で、至らないばかりに、

こういうことをしてしまった。

としか言いません。

 

このとき、謝罪している本人は本当に

「自分は未熟だった」なんて

反省していることもありますが、

 

実際には悪意があったなどという

そういう責任追及をされるのを逃れるために

「反省」したり反省の気持ちが湧き出てくる

だけです。

 

悪意というものはそれだけで、

誰かに攻撃されても致し方ない性質を

持っています。

 

ですから悪意というものは誰もが

隠したい、出来れば「過失」ということに

したい、ということになりますが、

 

自己愛性人格障害者の場合だと明らかに

過失と言うには直接的な攻撃を繰り広げていた

場合でも「仕方なかった」「悪意なんかあるわけがない

(むしろ良かれと思ってやっていた)」

という言い分に留まります。