自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

「どこからがモラハラなのか」

被害者は、

この問いに固執していることが

非常に多いです。

なぜなら、被害者というのは自分の痛みに

鈍感で、さらに長年のモラハラ被害により

さらに鈍感になっていて、

「自分が受けていたことがモラハラだった」

という状況を理解するのにまず覚悟がいります。

 

だって、自分が尽くしてきたことは

なんの意味もなくて、

むしろモラハラ加害者に対しては逆効果だったと

いうことですから、

それをまず被害者自身が認めるために時間が

かかります。

 

そして、今度は

「やっぱり自分が受けているのは

モラハラだ」

「いや、自分が間違っているのかも」

という狭間で延々と悩むことになります。

 

また、被害者というのは

自分が嫌だから離婚する、

なんていうのは

「そんなわがままな判断は選択肢にも入らない」

ということになります。

 

ただ

「非常識も甚しい。

ちゃんとした立派なタテマエがないと

離婚できない」

という風に思い込んでいることのほうが多く、

その本音は、

「そんな非常識な人間だと周りにおもわれたくない」

というものが大半でしょう。

 

そのタテマエのために、

これがモラハラなのかどうなのか?

というのは被害者にとって非常に気になってくるポイントに

なるわけです。

 

ところが、これに関して突き詰めていくのは

少々効率の悪い考え方です。

 

だってモラハラというもので

人が裁けるわけではありません。

日本はそういう国ではありませんし司法も異なります。

むしろ「そのくらい夫婦なのだから

あり得るよね」なんて言ってしまう人達もいます。

 

モラハラを離婚事由にしたとしても、

モラハラというものをある程度理解している人というのは

専門家か自己愛性人格障害者の被害に遭っていろいろと

調べた人くらいな

ものです。

 

モラハラを相談しようとしても、

それらを理解してくれるほどの知識を持った人というのは

周りにはほとんどいないでしょう。

 

また、自己愛性人格障害者という言葉を知らずに

モラハラっぽい上司をもっている人でも、

その人が自己愛性人格障害者かそうでないかなんて

真実は誰にもわからないわけです。

 

わかるのは自らの感情だけです。

その感情をもとに、行動するしかないのです。

さらにいえば、録音テープや動画などは

事実を第三者に理解してもらうのに

かなり手っ取り早いでしょう。

けれどもその行動がモラハラかそうでないかは

他人が決めることですし、

モラハラではなさそうだといっても

自分が不愉快な思いをした事実は消えません。

 

どこからがモラハラなのかということを

調べ続けるのはやはり不合理な考え方です。

 

自分が嫌な思いをし続けている、

離れたい理由というのは

本来はそれだけで十分なのですから。