自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

モラハラを誤解することの弊害

モラハラ加害者でも優しいときがある、

という言葉はモラハラを正しく

表現していません。

 

正確には、

「モラハラ加害者だからこそ

優しいときがある」

ということになります。

 

暴言や無視が酷いときなどが

モラハラであり、

それ以外は優しい・・・という

解釈をしていると、危険です。

 

なぜ危険かというと、

「酷いことをすることだけ」が

モラハラだと考えていると、

その加害者が優しくなるたびに

「モラハラはもう無いかもしれない」と

期待することになるからです。

 

モラハラとは相手をコントロールする

要素もありますから、

自己愛性人格障害者の優しさそのものも

相手をコントロールするために

行うものですから、

モラハラの一部なわけです。

 

そして優しさもモラハラの一部ということを

しっかり押さえておかないと、

いくらモラハラ被害者とはいえ、

次に優しい人が現れると

「この人の優しさこそ本物だ!」

「もうモラハラなんてものに

引っかかったりしないぞ!」

というふうに、優しさというものだけに

着目し、

再びモラハラ被害に遭う危険性を伴ってしまいます。

 

特に自己愛性人格障害者などは

最初は特に死ぬほど優しくしてくれますから、

どれだけ優しいか?ということは

モラハラ被害に遭うか遭わないかの

指標にはならないということです。