自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

自己愛性人格障害者に人格はない

自己愛性人格障害者に人格はありません。

・・・というと語弊はあるかもしれませんが、

具体的にいうと本来の人格が顔を出す

機会が完全に失われているのです。

 

自己愛性人格障害者というのは

心の弱りきった人たちが自分を守るために

行う「モラハラ思考」の奴隷です。

 

つまり、自分の人格がどうのこうのと

いう以前に、

まず自分がどういう人格なのか?

どういう人間なのか?

本来どういう考えを持っているのか?

ということに気がつけません。

 

とりあえず自分が攻撃されたと

思い込まないといけないときは

誰々にこうやって攻撃されたと

こじつけますし、

何かの信念を持っているほうが都合がいいときは

その信念がさも以前から当たり前のように

自分の中にあったといわんばかりに

主張します。

 

そこに、

本当は「そんな信念はどうでもいい」

という事実があるのですが、

それが介在しているということを

認めることさえ出来ない、

そういう存在です。

 

本来自己愛性人格障害者というのは

弱く、もろく、

それこそそれゆえにモラハラ思考により

自分を守り続けるということになるのですが、

 

自己愛性人格障害者がモラハラ思考に

頼らざるを得なくなるまでに

「自分の選択というものには価値が無い」

「自分自身に価値がない」

という風に滅多打ちにされているので、

自分の人格をもう一度再評価するという

機会さえ失われているのです。

 

そうやってモラハラ思考に

淘汰され続けた人格は、

「自分はすばらしい存在であると

思い続けなくてはならない人格(っぽいもの)」

「そのために被害者になり

攻撃者にならなくてはいけない人格(っぽいもの)」

になってしまい、

 

自己愛性人格障害者は皆趣味や嗜好の違いはあれど

大体似たようなパターンの言動を

することになるのです。