自己愛性人格障害の闇。

自己愛性人格障害の闇について紐解いていくブログ

そもそも自己肯定感とはなんなのか

自己肯定感を高めよう、なんて文句を

聞いたことがあるかもしれませんが、

 

ここで勘違いしてはならないのは、

自己肯定感というのは自分を褒めてあげることとか、

自分を労ってあげることというのは

異なるということです。

 

まるでおまじないのように、

「自分今日も頑張った。よしよし」

なんて言っていても、

自己肯定感というのは高まりませんし、

そもそもそういうことを意識して行っている時点で、

「自分はこのままではよくない」

「頑張らなくては、頑張って自分を褒めてやらなくては」

と考えている場合もあります。

 

この、

「自分を褒めてあげよう」という

意識があったとしても、

それは自己肯定感の低い自分に対して

ダメ出ししているのと同じです。

 

ですから、自分を褒めるのも義務的になり、

結局なにか躓いたときに

「ポジティブシンキング」

「いやいや、こんなときこそ前向きに」

「堪えている自分を労わなくては」

と本来の自分をほったらかしにして

無理やり前を向いて生きようとして

問題の本質が見えなくなることも

よくあります。

 

だいたい、

「自分を褒めてあげよう」と言って

自分に対して暗示をかけたところで、

それが長続きする人はいません。

上記のようにそれが義務になりがちで、

全く感覚を伴っていない「変なポジティブ」に

とらわれるだけの話になります。

 

「今のままの自分でいい」

と意識的に思うだけでは

自己肯定感があるとは限りません。

 

「今のままの自分でいい」

こういう感覚が無意識にあり、

自分をいちいち褒めなくても

自然と自分の言動を認められることは

自己肯定感があるといえるでしょう。

 

自己肯定感が低い人というのは、

「このままの自分ではダメだ」

というように変な焦りを常に感じていて、

どういう自分になっても安心できない、

という特徴を持ちます。

 

変わりたいのに変われない、

という考えをずっと持ち続けている人も

こういう傾向にあるでしょう。

このままの自分でいるわけにはいかないが

どう変わればいいのかも分からないということに

なります。

なぜなら、変わりたい目的が

「強く変わろうと思うことで安心したい」からで

しかないからです。

 

ですから変わろう変わろうと常に

考え続ける、思い続けることで、

変われない自分を代償していることになります。

 

ところがどう強く変わりたいと思っても

それだけでは変わらないので、

「結局、自分はダメだな」

というところに留まるしかないわけです。

 

モラハラの被害者となり得る人はまさに、

自己愛性人格障害者にここを

ピンポイントに突かれます。

 

「お前って、そのままじゃダメだぞ」

と言われることで、

自分の本質を見抜かれているような気がして、

「やっぱりそうなんだ、

もっと頑張らないと。変わらないと」と

被害者自身がそう思う仕組みになっているのです。

 

自己愛性人格障害者自身は自己肯定感どころか

自我の成り立ちが曖昧ですから、

変わらなくてはと言う焦燥感というよりも

何かわからないイライラを抱えつつ、

自分がなさすぎるままでは生きていけないので

強い自我(モドキのようなもの)を

持つこととそれに惹かれる被害者のサポートで

なんとか生活を保っていきます。

 

ですから自己愛性人格障害者のような

「自分って天才!」

「自分ってすばらしい」と主張するような感覚は

自己肯定感とは程遠いということであって、

結局それがないからこそ

他人に自分の能力を認めさせるような手法をとったり

自分で言い続けたりしなくてはならないということです。

 

ですから自己肯定感を高めるために

自分を褒めるということも、

「自分を褒めようと意識しなくては褒めることがない」

という事実を表しているだけで、

自分は生きているだけで価値がある、なんて

感覚には程遠い行為ともいえます。